9月11日 終着記

 5時30分に起床した。室内は暗いので時間はわからないが、時計をみるといつもとおなじ時刻だった。トイレにいって鏡のなかの自分の顔をみると、酔いののこった表情をしている。我ながらだらしがないなと思いつつ、6時になるのを待って風呂にいく。順番は4番目だった。湯船につかっていると次々に人がくるが、やってくるのは40以上の人ばかりだ。私などは若いほうで年配の方が多い。しかしこの時間に入浴する人間は勤勉な感じがすると、自分ながら思ってしまうが、働きバチともいえるのであった。

 風呂からあがると新聞を読みにいった。まわりの人は、大洗から苫小牧へ北上する『さんふらわあ』とすれちがう、と話しあっていてカメラの用意をしている。おなじ『さんふらわあ』がすれちがうのは、何もすることのない船旅では一大イベントのようだ。しばらくすると朝日のまぶしい光のなかを北へむかう『さんふらわあ』が見えた。私もシャッターを切ったがうまく撮れなかった。

 カップめんの朝食をロビーでとるが、1リットルの牛乳パックのミルクをのみつつ漫画に読みふける青年や、カップルでベタベタしている女性が一心に日記をつけている姿に眼をひきつけられる。ふたりの旅行を記録しているようだが、文字を書きつづける女性が自分にかさなって見えて複雑だ。私も書きだすと周囲のことなどわすれてしまうし、怪訝な顔で見られることも多いのだが、あらためて人がそうしているのを眼にすると、やはり変なものだなと思うのだった。

 書き物は人目につかない寝台ですることにして、今回のツーリングのメモを読みかえしては、補足をしていく。文章を書いていて思うのは、ツーリングはもう終わってしまった、過去のものになってしまった、ということだった。

 書くことに疲れると新聞コーナーにいって、今度はスポーツ紙を手にとった。ページをめくっていくとラリー・ジャパンの広告がでている。帯広でツール・ド・北海道とともに看板がでていたので、どこを走っているのだろうかとみてみると、工事で通行止めになっていたパンケニコロベツ林道だった。工事はラリーの準備のためだったようだ。しかしすぐとなりのペンケニコロベツ林道を走行し大冒険をした気になっていたので、白けた気持ちになってくる。熊の恐怖にたえて走ったというのに、ラリー・カーが爆走しているなら、熊もにげだしてしまっていただろう。ただし奥十勝峠からさき、秘奥の滝へのルートなどはいまでもすごいところだったと思う。ラリーはパンケニコロベツ林道のほかに、足寄のパウセカムイ林道も走行するとでていた。

 寝台にかえってメモに補足を書き加え、12時すぎにまた風呂にいく。展望風呂から海をながめてすごした。13時30分に大洗港に入港の予定だが、13時には港に接近していた。甲板にでて接舷をみまもる。写真をとり、家内に大洗についたと電話をした。

 案内があってバイクのある地下4階におりていく。いちばんに乗ったので降りるのは最後になってしまった。しかもすべてのバイクが壁に機首をむけているので、押して方向転換しなければならず時間がかかる。ホンダGL1500やホンダ・パンパシフィックなどの巨艦はライダーだけでは動かすことができず、船員と3人がかりで押していた。

 14時に下船して本州の土をふむと、空が火急をつげていた。雷雲がひろがって、いまにも夕立がきそうなのだ。とくに南の埼玉・東京方面の空は絶望的な色をしている。西の栃木方向、来るときにつかった国道50号線は雲が薄いので、高速代のかからないこのルートを選択するが、すぐに雨がふりだし完全武装をする。やがて激しい夕立、土砂降りとなった。水戸市街ではたたきつける雨の水煙で視界がきかなくなり、歩道橋のしたでしばらく雨宿りをした。しかし待っても雨はやまないのであきらめて走りだし、断続的に雷雨にたたかれて帰宅した。

                      161.8キロ 総走行距離2792.6キロ

  

 開陽台の北19号線

 夏の旅は一瞬の夢のようにすぎた。

 また日常に埋没して、勤勉に働き、家庭をまもる生活にかえったのだ。それでもツーリングをおえてから1ヵ月くらいは、北の大地を駆けた感触が手にのこっていた。その自由と躍動感の手触りも、やがて消えた。

 日常生活のなかで非日常の世界に行くことができる、旅の思い出のこの文章を書き始めてから、どのくらいの月日がたったのだろうか。5ヵ月か、6ヵ月か。書斎にこもっては毎日すこしずつ文字を書き連ね、毎晩のように心のなかで放浪した。

 細かすぎる、長すぎると思われる方もいると思うが、私はこのスタイル意外に書けないのだ。

 じっさいのツーリングよりも、文章の旅路のほうがはるかに長くなってしまうのはいつものこと。ここにようやく紀行文の一巻をまいて、筆をおく。

 

 

 

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