井上有一「自画像」+「書業」展へーー長野県東御市、梅野記念絵画館

 

 井上有一の書

 

 ある朝、日経新聞の文化面に掲載されている絵に惹き付けられた。鋭い目つきの老人がこちらを睨んでいるが、背景に金、金、金などという文字が書きなぐってあるのである。紹介記事を読んでみると、井上有一という書家の自画像で、井上は「眼をツブリテ只一心二滅茶苦茶二カケ」、「全心全身筆ト一体ニナリ紙ノ中二突入セヨ」と発言して書に打ち込んだ書壇の異端児であるという。「貧」の一文字の書で有名でもあるらしい。この自画像と書壇の異端児に興味をひかれ、どうにも作品が見たくなり、長野県東御市にバイクで出かけた。

 

 上信越道 横川SA

 

 先日ETCを導入したばかりなので、さっそく通勤割り引きを使うことにした。これは100キロまでの距離にかぎって料金が半額になる制度で、今回は時間のかかる山岳地帯の藤岡ー小諸間で高速道路を利用しようと考えていた。朝早くに出発したが、通勤割り引きの時間内の9時までに藤岡ICに入ろう、暑くて有名な埼玉県熊谷市をはやく通過してしまおうと考えて、国道17号線を北上していった。埼玉県北本市に入ると今年はじめての蝉の鳴く声を聞くが、ここはまだ熊谷の手前なのに早くも暑い。ヘルメットとブルゾンの中で汗をにじませつつ、涼しい長野県にはいれば避暑気分になれるだろうと期待してすすんでいった。

 ところが9時までに藤岡につけそうもなくなって、手前の本庄児玉ICから関越道にのった。すぐに上信越道にはいって軽井沢方向にむかう。高速は空いていてガスの値上がりの影響を感じる。最近都内も車は少ないし、土日などはあまりに車が走っていなくて驚くほどだから。上信越道ができたばかりで、交通量が少なかったころのような、走りやすい高速を快適にすすんでいった。

 100キロをこえると半額ではなく、通常料金になってしまうので気をつかう。予定よりも手前で高速にのったので、小諸のひとつ前の佐久ICで上信越道をおりると、割引軽二900円、と表示されて、思わず頬がゆるんでしまった。佐久は標高780メートルとのことだが、ちっとも涼しくない。これではこれまでといっしょである。長野県は涼しくないのか、と怒りつつガスが少なくなったのでGSを物色すると、182円と表示されていて、じつに高くてまた怒る。埼玉県では171円くらいだったからいきなり10円も高くなってしまった。これならば埼玉で給油してくればよかったと後悔しきりである。長野は暑いしガスも高いからよいところがないと毒づきつつ、178円のGSで給油すると17.65リッターで3142円。DRに15年乗っているが、給油で3000円以上払ったのははじめてで、たしかにガスの値上がりは痛く、これでは皆車に乗らないよ、と実感してしまった。

  東御市に入り芸術むら公園にある『梅野記念絵画館』にむかう。絵画館のHPには道がわかりにくいとあったがそのとおりで、HPの地図をコピーしてこなかったら、行くのに苦労したはずだ。日差しの強い夏の陽の下を泳ぐように美術館にむかった。

 

 森の中にある梅野記念絵画館

  

 芸術むら公園について森の中の道を梅野記念絵画館にいく。井上展の料金は800円。まず常設展の菅野圭介という画家の作品を見るが、私は好きにはなれなかったのですぐに井上展に転じた。

 

 自画像

 

 会場にはいると新聞に載っていた自画像が睨んでいる。撮影禁止になっていなかったので写真をとらせてもらうが、残念ながらフラッシュで光ってしまった。でも雰囲気は伝わると思う。背景の文字は、金、金、金、金があれば女も館も権力も手にはいる、との意が書きなぐるようにしるされているが、乱暴に見える書は計算されているのだろう。

 

 

 書はエネルギッシュに豪胆にかかれている。それらを味わっていくと作風は一変し、

 

 

 おどろおどろしい筆致となる。ただならぬ情念がたちこめているが何が書いてあるのかわからない。タイトルを見てみると、東京大空襲、であった。これは惨事を目撃した作者の書による東京大空襲の表現だった。

 

 

 おなじく小学校の校庭に避難した人たちの悲惨な最期を書きつけた作品。読むと辛くなる内容。作者が眼にしたことだそうだが、終生忘れまじ、と結ばれている。

 

 

 代表作? 貧、の書である。井上は小学校の校長だったというから貧しくなかったはずだ。金がなかったのだとしたら、書に打ち込んだからだろう。毎日このような大作を何十枚も書いていたら経費はかかっただろうから。

 

 

 詩のデクノボウを書いたもの。井上は校長に昇進したときに嬉しくて、抱腹絶倒と何枚も何枚も書いたのだそうだ。芸術家らしからぬ、単純で子供らしい感性である。したがって剛直で大胆だが、繊細さはない。それが井上の個性でありよいところだろうが。貧、の書を連凧のようにつらねたものや、東京大空襲、を何枚も展示した過去の展示風景もあったが、すごい迫力であった。

  井上展はすでに終了している。これから梅野記念絵画館にでかけても展示されていないのでご注意を。作品が見たい場合は美術展の予定に注意して次の機会を待つしかない。

 

 いちばん 上田店

 

 昼時となり食事をとりにむかうが、ものすごい暑さである。近くにある昔の街道筋の風情が残っているという、海野宿を散策したいと思っていたのだが、バイクをとめると汗がふきだしてくるような状態で、日差しの下を歩きたくない。暑いのに我慢して着ていたブルゾンも脱いでしまい、昼食に予定していた、しゃぶしゃぶ焼き肉のいちばん上田店に機首をむけた。信州ならば蕎麦にしたいところだが、いちばんのお試し券があったのでここに行こうと決めていたのである。上田は、上田わっしょい、の日だったが、祭りは夕方からなので混雑もなくいちばんに到着した。

 

 牛ロースのしゃぶしゃぶ食べ放題コース

 

 いちばんはランチタイムでにぎわっていた。ほとんどの客はランチメニューを頼んでいるが、牛ロースしゃぶしゃぶ食べ放題2890円が2000円になるというお試し券なので、それを注文する。このメニューは牛ロースのほかに豚ロースと鳥のつくねーー竹に盛られている品ーー、のほかにさまざまにサイドメニューが食べ放題というものだ。さっそく食べてみると牛ロースは美味しい。蕎麦ではなくてしゃぶしゃぶもいいねと思いつつ、豚ロースを頼むとこれはそれほどでもない。そこでまた牛ロースを頼んだが、ここでもうお腹がいっぱいとなってしまった。お会計は2100円。正規料金は3034円だから、食べた量から考えると私は食べ放題では損な感じで、18の息子は私の3倍は肉を食べるだろうから、そのくらいならお得感があると思う。したがって次回は食べ放題ではないコースを頼むことにした。

 

 別所温泉 安楽寺のお地蔵さん

 

 信州の鎌倉と呼ばれる別所温泉にむかった。どんなところなのかと期待していくと小さな温泉町である。坂道沿いに宿と寺があり、車でまわるのは道が狭くてきびしいところ。バイクで細い道にはいっていくと、安楽寺の前にでた。予備知識はなかったのだが、重みのある山門や本堂が見えるので見学してみることにする。本堂の奥には国宝の三重塔があるというので、300円の拝観料を払って見にいく。蒸し暑い森の中を登っていくと汗がふきだす。お地蔵さんの並ぶ石段の道をすすむと、ナナフシ、という虫がいた。この虫を見たのは二度目のことなので、しばし見入ってしまった。

 

 国宝 八角三重塔

 

 石段を登りつめると国宝の三重塔がたっている。四重に見えるが正式には三重なのだそうだ。しかし暑い。夏の白熱した日差しがふりそそぎ、ハレーションを起こしていて、日の下は白っぽくなっていて、三重塔を撮ろうとしても真黒になってしまう。そのなかでなんとか姿をとらえることができた。別所温泉のポスターに取り上げられているのがこの国宝である。

 その後、北向き観音も見所らしいがバイクも止められないので、別所温泉を去ることにする。しかし信州の鎌倉とは、言い過ぎだろう。

 

 鹿教湯温泉

 

 つづいて鹿教温泉に行くべく舗装林道の県道177号線で丸子信州新線にむかう。県道177号線は細くて山深い道であり、車のすれちがいはきびしい状況だ。やがて丸子信州新線にT字路でぶつかり、左に進路をとって鹿教湯にすすむ。鹿教湯は温泉がよいと有名なのでいってみたのだが、ここも鄙びた温泉町で、温泉病院はあるがほかに何があるというわけでもなく、立ち寄り湯をしていきたいと思ったのだがそれらしいところもなくて、東にある蝶ヶ原林道にむかった。

 国道254号線を松本方向にすすみ、三才山トンネル手前から林道につながる道があるのだが、残念ながら通行止めであった。これを潮に引き返すことにする。

 国道254号線をもどり、152号線、142号線とつないで佐久にむかう。汗もかいたのでどこかで風呂にはいって行きたいとTM(ツーリング・マップル)を見てみると、穂の香乃湯、という立ち寄り湯があり、そこにいくこととした。

 

 穂の香乃湯

 

 穂の香乃湯につくと雷鳴が低く唸りだしていた。夕立にやられるかもしれないと感じたが、温泉につかりたい気持ちがまさり、350円の料金で入浴する。穂の香乃湯は新しくて清潔な温泉で、露天風呂のほかにサウナもあって非常によかった。長野はガスは高いが温泉はずいぶん安いなと思いつつ、無色透明な湯にしずみ、サッパリして外にでてみると、雨が降りだした。それでも先に行けば夕立から逃げられるのではないかと思ったのだが、すぐに土砂降りとなり、道路わきで雨宿りをする破目になる。15分ほどで雨は落ち着いたので走り出し、佐久ICから上信越道に入って山を越え、群馬にはいると雨は消え去り、埼玉は灼熱の夏日になっていた。雨は長野だけにあり、ほかには気配もなかった。

 その後本庄児玉ICで高速をおり、自宅に帰還した。

 

  

 

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