2011年 北海道ツーリング 8日目 macさんの思い出とともに

 

 

 突風でゆがんだテント

 

 深夜に突風が吹き荒れた。強風でテントをつぶされそうになり、手で支えたのだが、朝になって見てみるとテントがひしゃげていた。4時40分に起床する。キャンプ場の中腹に入ったキャンパーはどうしたのだろうかと見てみると、タープはたたまれていて、サーチライトも片されていた。

 カップ麺の朝食をとる。あらためて思うがここは絶景のキャンプ場だ。風が強いのと買物と風呂が遠いのが難だが、またやってくることになると思う。晴れているのでヒートテックはつけずに5時58分に出発した。山を下ってゆくとこの時間に仕事をはじめている農家の方がいる。昨夜もヘッドライトをつけてトラクターを動かしている人がいたから、今は農業の繁忙期なのだろう。

 

 朝の道道をゆく

   

 道道をつないで道東道の芽室ICをめざす。一般道では一定の速度で走ることができないから、加減速を繰り返すことになる。となるとチェーンが暴れるから、高速をつかって苫小牧にむかうことにした。早朝の道道に交通量はほとんどない。まっすぐに伸びている道を南下していく。50キロではチェーンが踊ってガチャンがチャンと音をたてる。70キロをこえると音はしなくなるので70キロで走行した。気温は16℃、17℃と低くて肌寒い。芽室ICに入る前に地図を見て、道東道は占冠と夕張間がつながっていないことを確認しておいたーー10月29日に開通した。

 高速を利用すると日勝峠を走らなくてすむからとても楽だ。不通区間の夕張ー占冠間が開通すれば、札幌や苫小牧につながるから利便性は飛躍的に高まる。道内を移動するのも速くなるから、短い休暇でもより楽しめるようになるだろう。

 トマムにむかって山を上ってゆくと冷えてきた。手がかじかんで辛いが耐えてすすむ。チェーンの状態が気になるから80キロで走行するが、高速は片側一車線となり、私の後ろに車がならんでしまう。後続の自動車には悪いが、速度を上げるわけにはいかないので、そのまま走りつづけた。

 どうにもチェーンが気になってしまう。なんとか苫小牧までもってくれと思う。フェリーに乗ってしまえば茨城につけるから、動けなくなってもバイク屋で修理するか、もしくはトラックで陸送することもたやすくなる。土地勘のない北海道でのトラブル、修理は避けたかった。

 トマムから占冠のあいだは原生林を切り拓いた、樹海のただなかを走る。自然を破壊してつくった道路だがここの景色はすばらしい。寒さに耐えかねて、オープンしてまだ2・3日だという占冠PAで休んだ。長袖シャツの上にトレーナーを着たがまだ寒い。暖かい飲み物をとりたいが、自動販売機にならんでいるのは冷たいものばかりだった。

 終点の占冠で道東道をおりた。引き続き高速道をつかうには、富良野方向に遠回りをしなければならないから、ここから国道をゆくことにする。日高にでて国道274号線で夕張にむかう。キツネと鹿の死骸を一匹ずつ見る。その先で物欲しそうな眼をしたキツネがガードレールの下にいたから、こんなところにいるとお前もはね飛ばされてしまうぞ、と言ったりした。

 チェーンがスプロケットの上をすべって空回りをしているような感じがして、夕張のパーキングで点検した。たしかめてみるとチェーンはスプロケットを噛んでいて、上滑りはおこしていない。伸びてダルダルだが、これならはずれることもなさそうだから、苫小牧はもちろん自宅までも走れそうだった。

 沙流川も夕張川も泥色の濁流となっていた。昭和56年以来だという大雨はこんなにも影響をのこしたのだ。しかし国道や鉄道は寸断されておらず、道東方向への連絡はついているから、当時ほどの被害とは言えなかった。

 空腹になってきた。朝食は5時にカップ麺だったから腹もへる。苫小牧港にあるマルトマ食堂にいってみたいと思っていたからそこへむかう。マルトマ食堂は何年も前から利用してみたいと思っていたのだが、営業時間が6時から14時と変則的で、フェリーの時間にあわないから、これまで使うことができなかった。余市の柿崎食堂、音威子府の黒そばと並んで、昔から食べてみたい店だった。

 

 ホッキカレー

 

 11時にマルトマ食堂に到着した。店に入りきれずに7・8人の客が行列をしている。店の入口には今日のおすすめの半額丼1200円の見本がでていた。2400円の海鮮丼が特別に半額というトゥデイズ・スペシャルだ。ご主人もでてきて、今日はこれがおすすめだよ、おみおつけが付いて1200円、と言うからこれにしようかと考えた。

 

 ホッキ汁

 

 行列はしているが回転は速い。それに私はひとりだから、たまたま空いたカウンター席に座ることができた。待ったのは10分ほどである。半額丼にしようかと思ったが、ここはホッキ貝が名物なのでホッキカレー1000円にした。ためしてみたかつたホッキ汁400円もたのむ。カウンターの前の棚には煮たり焼いたりした魚がならべられている。通いなれた人はここから1・2品をえらんでご飯に味噌汁だ。そしてここの通は、魚ではなく焼肉定食などをたのむのだそうだが、観光客にはそれはできないね。

 ホッキカレーが運ばれてきたが、ものすごいボリュームだ。ご飯がぎっしりと盛られた上にカレーがたっぷりとかけられ、ルーにはホッキがたくさん入っている。食べてみると甘口の昔ながらのカレーだ。ホッキはコリコリとした歯ごたえでカレーによくあう。しかし量が多い。食べきれるかと危ぶむほどで、大盛りカレー以上の盛りのよさである。ホッキ汁は丼でだされるホッキ味噌汁だ。味は平凡なもの。しかしカレーだけでもすごいボリュームなのに、その上ホッキ汁まで完食すると苦しいほど満腹だ。しかし大満足だった。

 フェリーの出航まで時間があるので、チェーンは気になるが千歳のインディアン水車を見にいくことにした。国道36号線で千歳にむかってゆくとウトナイ湖の道の駅がある。ウトナイ湖もいつも通過しているだけ立ち寄ってみた。道の駅はできたばかりの新しい施設で、野鳥の観察センターが併設されている。センターの展示物を見学して外にでると、駐車場にキャンピングカーがとまっていた。ドアを網戸にして風をとおしているが、そこにダックスフントがたっている。北海道にキャンピングカーはよく似合う。

 バイクの元にもどるとホンダCB400の青年がチェーンの手入れをしていた。元々きれいなのにクリーナーをかけてウエスでふきとっている。私のチェーンはダルダルの上にサビサビだから、恥ずかしくて逃げるように立ち去った。

 インディアン水車のある道の駅サーモンパークについた。インディアン水車は鮭をとる装置なのだそうだ。道の駅の裏にある千歳川でじっさいに使われているとのことで見にいった。現在は鮭の遡上量の調査や人工孵化のために運用されているとのこと。川に鮭がいるのか見てみると、たくさんいるのがわかった。

 

 インディアン水車の鮭の水揚げ

 

 インディアン水車で鮭の水揚げがおこなわれるのを見学した。作業は10人の男達でなされる。生簀の中の鮭を甲板の上に放り出すのだが、鮭は驚くほどたくさんとれていた。鮭は素早く選別されていく。発眼用のメスとオス、それ以外のオスに分けられるそうだ。最終的には鮭トバや缶詰に加工されるとのこと。

 併設されているサーモンパークという水族館にいく。入場料は800円だがJAFの割引で640円となった。館内には様々な種類の鮭・鱒科の魚がいるが、呼び物は千歳川の水中を見られることだ。川をのぼってくる鮭が見られるようになっているのだが、この日は残念ながらウグイしかいなかった。

 旅の最後に支笏湖を見にいくことにする。道道16号線から国道453号線とつないで支笏湖にいたり、モーラップ・キャンプ場から湖を眺めることにした。ここは2005年にキャンプして、チョイノリで旅をしていたおかちゃんと出会った場所だ。おかちゃんとはその後会うことはなかったのだが、いつの間にかキャンプ仲間のいちさん、ナガさん、macさんにcarrotさんが知り合いになっていて、いっしょにキャンプをしているのに気づいた。どうしてなのかと不思議に思っていたら、そのおかちゃんと再会することができた。北海道ツーリングの世界はかように狭いのか、それとも趣向がいっしょだと必然的に会うことになるのか。たぶん後者なのだと思う。だからこのレポートの、こんなところまで眼をとおしてくれているあなたとも、きっとどこかで会えるのだと思う。

 土曜日なのでモーラップ・キャンプ場はにぎわっている。ここが混雑しているのをはじめて見たが、これが本来の姿なのだろう。山に囲まれた支笏湖をながめやる。今日は曇っているから湖の色がしずんでいるが、それでも心に響く風景だ。しばし湖水を見つめて旅の終わりを噛みしめた。

 フェリー乗り場にむかうとBMWR1150RTがいる。往きの新潟便のフェリーでいっしょになった方だ。RTはmacさんの愛車でもある。そのRTとmacさんの思い出とともにフェリー・ターミナルについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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