アラビアの夜の種族  古川日出男  角川書店  2002年  2700円

 この本の原作者は不明である。有力な意見によればフランス人かイギリス人の地理学者らしい。植民地時代に民間説話を広範囲に収集し、一冊の本としてまとめたのだが、本来が伝承文学であることを尊重した原作者は、著書に名を記さなかった。著者不明とのことで無数の海賊版、無数の翻訳書が生まれ、編纂、潤色しほうだいで、翻訳者らは自らを作者とすることを通例としてきた。したがって古川は翻訳者であって作者でもある。翻訳は見事なできばえで、古川でなければこれほどの仕上がりは望めなかったと思われる。
 前書きが長くなってしまった。さて本書であるが、エジプト遠征にきたナポレオンを迎え撃つために、書物を用意するという内容になっている。荒唐無稽な感があるが、軍事力では到底かなわないため、書物の愛好家であるナポレオンに、読みだしたらとりつかれてしまう伝説の書物をおくり、本に淫するようにしむけ、戦争に勝利しようとした、という設定なのだ。
 アラビアには23人の知事(ベイ)がいたが、ナンバースリーのベイが権力を握りたいという野心をとげるために、若くて美しく有能な執事に命じて、物語を夜にかたる語り部、アラビアの夜の種族、の女性をさがして伝説の書『災いの書』を夜ごとかたらせ、速記し、美しく装丁して、本という兵器を作っていく。
 夜ごとかたられる『災いの書』の内容は、アラビア版古典、奇譚ともいうべきもので、魔王、魔術師,剣士、盗賊、魔物、精霊などが登場して、冒険、戦争、女王の奪い合いなどを展開する。『災いの書』と呼ばれるだけあって、まさに読みだしたら止まらない内容。この物語が終わって、ナポレオンが攻めてくる現実にもどるのだが、そこで意外な結末をむかえる。
 カイロの夜は最後のときをむかえるのだが、歴史上の事実にもどってきて余韻をのこしつつ物語は終わる。
 おすすめの書だが、本書の表紙は妖艶なアラビア女性が薄絹で横たわったもの。しかも題名がアラビアに夜の種族。電車の中で読んでいると、表紙を見た人にしげしげと顔を見られること二度・三度。誤解されてしまう書でもある。

 

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