バイク乗りの妹に再会

 運転免許の更新にいったときのことである。

 いつも利用する自宅近くの警察ではなく、仕事のついでにほかの警察署で手続きをしようと思いたった。更新手続きはどこででもできるので、取引先から別の得意先にむかうあいだにある警察署にたちよったのだ。

 警察とはいっても、じっさいに行くのは警察署の外にある交通安全協会の建物である。受付にいくと協会の女性が対応にでてきた。退職した警官の互助組織のような、幹部の天下り先のような安全協会には入りたくはないのだが、入会しないと言うと極端に態度が悪くなって不快な思いをしたので、それが嫌で金をはらうことにしている。今回も女性の説明を聞いた上で、入会して料金をはらう旨をつたえた。

 その女性なのだが、昔知っていた人にじつによく似ているのだ。しかし胸につけているネームバッチは別の名前になっている。結婚して姓がかわったのかもしれないとも思ったが、それならばなおのことこちらから声をかけるのは失礼だと考えて黙っていると、私の住所と氏名を確認していた女性が何度も私の顔をみて、手続きが終わると、
「あの、○☆でアルバイトしてらっしゃいましたよね」と言った。
やはりそうだったのだ。彼女その人だったのである。

 私が大学2年生のときのことである。アルバイトをしていたレストランに彼女も入ってきたのだ。彼女は当時高校1年生で、バイクの免許をとり、バイクを買う資金をえるためにバイトにきたのだった。そのころ私はスズキのGSX400Fにのっていて、バイクという共通の趣味から彼女になつかれて、
「お兄ちゃん、バイクにのせてよ」と、タンデム・シートに乗せてくれと、何度もたのまれ、せがまれていた。
 しかしそのたびに私は、ダメだ、と断っていた。20の私からみれば15歳の彼女はあまりにも子供で、かまう気になれなかったのだ。それがある時にやはりおなじようにたのまれて、どういう経緯だったのか忘れてしまったが、ツーリングにつれていく約束をしてしまった。バイトの仲間と飲んだときだったかもしれない。もちろん彼女は酒を飲んだりしなかったが、私は酔っていたのだろう、いつもは断るのに気安く返事をしてしまった。

 どんなことでも一度した約束はかならず守ることにしているので、彼女をタンデム・シートにのせて軽井沢にいくことにした。まだ免許のない彼女だったが、教習所用にヘルメットにグローブ、ブーツなどは手にいれていて、待ち合わせの場所にそのスタイルであらわれた彼女を後ろにのせて、碓氷峠をこえて旧軽をはしり、鬼押し出しまでいってかえってきた。革ジャンの背中越しに感じる彼女の胸のふくらみは、淡いもので、やはり妹としかみられない私だった。

 その後彼女は晴れて中型免許を取得して、ホンダVT250Fの初期型を購入した。真白な女性らしいモデルだった。バイクを手にいれた彼女は、
「お兄ちゃん、どこかに走りにいこうよ」と、また何度も誘いにきたが、やはり私は断りつづけて、結局こばみきれずに、バイト先にもうひとりいたバイク乗りをさそって、彼のホンダCB250RSと3台で秩父へツーリングにでかけた。彼は私と同い年の男だった。CBとGSXで峠道で勝負したのも遠い日の思い出である。勝負の行方? GSXは45PS、CBは25PSくらいではなかろうか。コーナーの立ち上がりの加速で前にでれば、もう、余裕の勝利だった。彼はパワーで負けたと悔しがっていたっけ。

 あの後、私はアルバイト・リーダーになって、彼女は相変わらず妹のままだった。私は大学3年の終わりごろになって府中試験場にかよいだし、限定解除をはたして、カワサキZ750GPにステップアップしたが、彼女は自分のことのように喜んでくれたのをおぼえている。

 就職がきまってバイトをやめるときも、とくに挨拶らしいこともせずに彼女と別れて20年の歳月がたつ。安全協会の受付にたつ彼女は、
「まだバイクにのってるんですか?」と聞く。
「ええ、スズキのDR650というバイクにのっています」
「そうですか」と言うと彼女は笑って、「わたしも取ったんですよ、大型免許。いまはヤマハのXJR1300にのっているんです」
「それはすごい」
 彼女の同僚の安全協会の職員や私の後ろで順番をまつ人が、とつぜんはじまった私たちの会話におどろいて、こちらを見ている。視線を感じた私は彼女に会釈をして先にすすんだ。

 免許用の写真をとったり、ビデオを見たり、簡単な講習を聞いたりしているうちに、タンデム・ツーリングではしった碓氷峠のコーナーの感触や、3台ではしったダム湖の桜並木などを思い出した。CBの彼もいまはどうしているのだろうか。

 やがて講習が終わりあたらしい免許が交付された。彼女は受付にいる。少し話をしていこうかと考えた。昔のことなどを。しかし、やめた。話しかければ彼女もなつかしく思って応じてくれるだろうが、このまま帰ったほうが数段格好よい。なにも語らずに去ったほうが余韻が大きいし、思い出も美しいままだ。私はお兄ちゃんなのだし、妹にベタベタするのはみっともないではないか。
 
 歩きだして、帰ろうとする私に気づいた彼女に手を上げると、
「お疲れ様でした」と彼女が受付にたって言っている。
「お世話様でした」
 笑顔でこたえて手をふり、外にでた。
 歩きながら昔のこと、彼女のことなどを考えていると、彼女がつけていたネームバッチの名前が、CBの彼の名前だと気づいた。
 これは、そういうことなのだろうか。私は知らないうちにふたりを結びつけたのか。それとも、ただの偶然か。
 答えはえられないまま、歩く私だった。

 

 

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