千々にくだけて リービ英雄 講談社 2005年 1600円+税

 2001年9月11日の米国同時テロに遭遇した作者の体験を私小説風につづった作品。

 作者はアメリカ人で16才から来日しはじめ、以来日米を往還し、現在は日本在住で日本語で作品を発表している作家だ。

 本書はエドワードという作者とおぼしき50才の主人公が、同時テロで国境を封鎖した母国に入国することができずに、乗りつぎのために立ち寄ったカナダで、茫然とすごす日々がえがかれている。テレビにうつしだされる惨状や米国社会の反応、それを受け入れられない自身の混乱などがつづられるが、おなじようにタバコが吸えないことの恐怖もかたられる。タバコとテロと母と恋人、そして妹と死者、グランド・ゼロ、これらが同列であつかわれ、主人公はただ混乱し、呆然としている。

 作風は日本文学の専門家らしく、日本の私小説の伝統にのっとって、怠惰で女々しく、発展性がない。その時,その場の自分の感傷を書きとめていくスタイルだ。

 アメリカ人がカナダでのことを日本語で書いているので、日本語を英語になおしたり、母との電話での会話を日本語に頭のなかで翻訳したりするシーンがあり、そこが不自然な翻訳調の日本語にしてあることが、生々しく感じられた。

 タイトルになった『千々にくだけて』は芭蕉の句、『島々や 千々にくだけて 夏の海』からとったものだ。千々にくだける、高層ビルにかさねてある。そして千々にくだけて、は、broken,broken into thousands of piecies,と約されていて、縦書きの本を横にして英文をみつめることもしばしで、ほかの作家にはない味わいがあった。

 読みやすい文章だが、改行が多いことが気になる。これほど改行が多い作家は、ページ数を稼ぎたいエンターテイメント系の作家でしか見たことはない。これではここぞ、というときの改行の効果がなくなってしまうだろう。

 同時テロのドキュメントとして価値のある作品だと思う。

 冒頭に描写される銀色の海をイメージした装丁がうつくしい。

 

 

            文学の旅・トップ