地上生活者 〈第1部 北方から来た愚者〉 李恢成 講談社 2005年 2500円+税

 作者のことは昔から知っていた。しかし、手にとってみた小説の内容が、在日の方らしく差別や強制労働のことだったので、読み進めるのは重いから、敬遠していたのだ。しかし今回は冒頭の文章を味わってみて、この小説を読んでみることにした。

 作品は老いた売れない作家の日常からはじまる。主人公は作者と重なる人物で、樺太出身の在日の作家だ。彼は昔住んでいた札幌で旧友・知人に会うが、やがて過去を回想していくことになる。

 主人公の苦境や解決できない家族のことなどが書かれているが、どこまで本当なのかわからない。これは小説だから虚構と現実が混じりあっているのだろう。ただ主人公の名前が、愚哲、というのがとても作者と作風にあっていた。

 物語は現在の札幌で始まるが、後半に向けて線を引きながらゆっくりと進行していく。

 愚哲が10歳のときに日本は第二次大戦で敗れた。彼の一家は樺太に暮らしていて、そこにはソ連兵がなだれこんでくる。日本人は引き揚げ船で北海道に逃げていくが、強制的に朝鮮半島から連れてこられた彼らはその対象外なのだ。

 日本の敗戦とソ連の侵攻、そして北海道への脱出はまことに緊迫感がある。そして在日の方の視点で日本の敗戦が語られるのがとても新鮮である。彼らは解放されたのだが、日本で日本人として生きていかなくてはならなくなり、しかも差別は残っている社会で、敗戦の混乱期を乗り切らねばならなかったのだ。

 その後は愚哲の中学校生活がえがかれる。食料難で、家の仕事もしなければならず、貧しいが、愚哲が成長していく様がえがかれる。それは青春小説そのものである。戦後の若者気質であり、青臭くもあり、ほほえましくもあるものだ。ただその背景には自分が在日だという思いがあり、単純には行かないものがある。それでも恨みつらみが書かれていないことが作品の品格を上げているし、作者の人となりを感じさせた。

 時間をかけて丁寧に書かれた作品。作者の他の小説も読みたくなった。

 

 

 

 

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