治療塔 大江健三郎 岩波書店 1990年 1262円+税

 近未来SFと副題がついている、作者としては珍しいSFである。

 この小説が書かれたのは1980年代の後半だ。米ソ冷戦時代で、物語では米ソが核戦争に突入し、原子力発電所も破壊されて、地球は放射能に汚染されてしまっている。

 少数のエリートは人間の文化と歴史を守るために、ロケットで宇宙の別の星に移住するが、地球にもどってきて展開するストーリーだ。

 福島原発が事故を起こした2011年の今読むと、ここまで書き込んでいるのかと驚くほどディテールがしっかりしている。放射能による食物の汚染や子供への影響も記されている。

 モチーフはエリートと非エリートの対立で、これは政府と民衆に置き換えられる。政治的な必要悪と普遍的な正義とも言い換えられるだろうか。政府、政治家、役人、に対抗するストーリーは作者のいつものものだ。ただ、ラストがいつものように破滅的ではない。

 

 

 

 

 

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