ダンテ・クラブ マシュー・パール 新潮社 2004年 2400円+税

 ダンテの神曲をモチーフにした文学ミステリー。

 1865年、アメリカではじめて神曲の翻訳が完成しようとしていた。これまでも英国人訳はあったのだが、米国人による英訳はなかったのだ。訳者はアメリカの国民的詩人のロングフェロー。彼に協力する『ダンテ・クラブ』というグループがあり、ここに参加しているのはハーバード大学教授で詩人のローウェル、ハーバード大学医学部教授で作家のホームズ、彼らの著作を出版する会社の幹部のフィールズ、そして牧師で歴史学者のグリーンという面々であり、これは史実である。この事実を下敷きにしてストーリーは作られており、神曲の地獄篇にでてくる残酷な劫罰をまねた殺人事件がおきるのだ。

 当時アメリカでは神曲はほとんど知られておらず、神曲の地獄篇に模しておこなわれた殺人に気づいたのはダンテ・クラブのメンバーだけだった。彼らは自分たちよりほかに事件を理解・解決できる者はないと考えて、犯人探しをはじめるのだ。

 作者はハーバード大学でダンテの神曲を講義している若き研究家である。専門家が史実にもとづいて書いているので、非常にアカデミックな作風であり、知的好奇心を刺激される。

 詩人や学者、医者が犯人探しをするというのはいささか無理な設定だと思われるが、ストーリーは起伏に富んでいて、読者をぐんぐんと引っぱっていく。

 非常に面白いのだが訳が悪いのが難である。前後の文章のつながりが悪いのはザラで、読んでも内容のわからない説明や描写がでてくる。したがって前後の文章を読んで、書かれた内容を類推することしばしばである。たぶん訳者は自分ではよくわかっているのだろう。自分だけ読み取れるが、人には伝わらない訳だということに気づいていないのだ。これは訳者だけでなく編集者の責任でもあるだろう。ひいては新潮社の仕事の姿勢をも問われるものだ。

 詩人を主人公にして、ダンテの翻訳をモチーフにしているというにの、この本の訳が悪くては悪い冗談のようだと思ってしまったのは私だけだろうか。

 訳に難があるが、エンターテイメントとしては十二分に面白く、神曲を読んでいなくとも楽しめる。かく言う私もまだ神曲は紐解いたことがない。そのうちに読みたいとも感じたのであった。