江戸の旅文化 神崎宣武 岩波新書 2004年 780円+税

 江戸時代の庶民の旅についてまとめた本である。

 江戸時代の庶民・農民は幕藩体制によって土地にしばりつけられ、また厳しい年貢の取立てにより、旅などできなかったというイメージがあるが、現実にはそうではなかったことが記述されている。

 寺社詣り、という方便をつかえば名目がたち、農民・庶民であっても旅に出ることができ、またそれだけの金銭的な余裕を彼らは持っていたのである。これは女性も同様であった。女性は関所で出入りを厳しく規制されていたが、抜け道があり、そこを案内人をたてて堂々と通過していたのだそうだ。となると、江戸時代は意外にも自由で、庶民も余裕のある暮らしをしていたということになると、作者は指摘している。

 江戸の旅の第一は寺社詣りである。伊勢神宮がその代表だが、人々は講というグループを作り、大勢で金を積み立てて、毎年代表の人間を寺社詣りに出すという方法で、路銀を作って旅にでた。お伊勢参りは今では考えられないが、宗教行為であり、莫大な金がかかったのだそうだ。伊勢に着くと、御使と呼ばれる宗教コーディネーターの邸宅に泊まり、ご馳走を食べ、そして神様に舞いや神楽を奉納したのだそうだ。伊勢参りの費用に、一家四人が一年を五両で暮らせる時代に、ひとりで十両も使ったというからたいへんなものだ。そしてそのついでに京都や奈良なども見物して行ったのだそうだ。

 また病を癒すための、湯治という方便もあり、温泉にいく旅も盛んだったと言う。その姿は現代の私たちの重なるところが多く、江戸時代から、非日常の旅をもとめる人々がたくさんいたことが知れるのである。そして旅に記録の紀行文も多数紹介されているのが興味深い。

 日本人は昔も今も同じことをしているようである。

 

 

 

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