彼方なる歌に耳を澄ませよ アリステア・マクラウド 新潮社クレストブック 2005年 2200円+税
水準の高い長編小説。
本書はカナダで大ベストセラーとなった作品である。奇をてらわず、オーソドックスな手法で丁寧に書かれているが、じつに13年にわたってつむがれた物語だという。まさに力作である。
作者の短編集(『灰色の輝ける贈り物』『冬の犬』)とおなじく、カナダのケープ・ブレトン島を主な舞台とし、スコットランドから移住してきた一族の歴史をベースに、人間の生老病死を愛情をこめてえがいている。登場人物たちや、犬や馬にまでそそがれる作者のあたたかい心が、作品に深みをあたえている。
文体は比喩や詩的な表現はほとんどつかわない、物語の中身だけで勝負する作風だ。作品中には短編集でもとりあげられたモチーフやエピソードが散りばめられていて、一族の歴史を繰り返し書いている印象があり、どこか大江健三郎とかさなるところも感じられた。
物語の最終部分は少々筆がはしってしまっていると感じた。ここは仕上げに時間がかけられなかったのだろうか。ラストも余韻は十分ながら、書き込みが不足している印象だ。
原題は、(彼らがたおれても)たいした損害ではない、である。これは物語が、これまでの一族の歴史、スコットランドとイングランドとのたたかい、またイギリスとフランスの争いをベースにしているためで、戦争で彼ら一族を指揮した将軍が、彼らが死んでもたいした損害ではない、と手紙に書いたことからとられている。これらの歴史は日本人には縁遠いもので、しっくりとこない面もあり、訳もスムースさを欠く部分もあるが、それを補ってあまりある力が作品にはある。
日本語訳の題もよい。じっくりと読みたい作品。