生きいそぎ 志水辰夫 集英社 2003年 1700円+税

 道徳や法律どころか、家族の情愛さえも踏み越えた先の世界をえがいた短編集。

 志水辰夫の作品を手にとったのははじめてである。じっくりと読んでみると手堅い文体で、安心して読める。物語は自然に、たくみにはじまり、巧妙に伏線をはりながら、秘密を暗示するがそれをあかすことなく読者の興味をひき、ラストまで強力に引っぱっていくが、そのラストでは予想をこえた惨状が展開されるのだ。

 ベテラン作家で人生の酸いも甘いも噛み分けているから、安易な好人物などひとりもでてこない。救いようのない人間は登場するから、毒がある。じつによく計算され、引き締まった短編小説らしい作品集だ。緊張感があり、無駄がない。作者は社会的な事件にインスピレーションをうけると、いくらでも短編を生みだす想像力があるのだろうという気がしてきた。内容的には誰でも書けそうな気もしてくるが、作者でなければリアリズムというか、深みと幅がでないだろう。

 人間の業の深さを見せつけるような内容なので読後感はきわめて悪い。暗くて、重苦しく、やりきれない。しかし人生って、こうではないか? きれいごとでない世の中は、こういうものだ。

 ゆっくりと読んでいたはずなのに、すすむほどにページを繰るスピードがあがってくる。最後は全速力で読みきった。

 読後感は悪いがこういう作風は好みだ。

 

 

 

 

 

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