悼む人 天童荒太 文芸春秋 2008年 1619円+税

 人の死を悼んで全国を旅する人物の物語。

 悼む人とは人間の死んだ場所をたずねては、その人物がたしかに生きたことを胸に刻んでゆく人だ。対象となる死者は特別な人物ではなく、市井の一般の人たちである。悼む人ととその家族、悼まれる死者やその関係者によって物語りは展開してゆく。

 悼む人は、止むにやまれぬ欲求にかられて死者を悼む日々をおくっている。それは崇高であるようでいて、お目出度くもある設定だ。それを重みのある小説にまとめあげるのは、かなり困難な作業だったと思うが、作者は見事にそれをやりとげている。

 物語の軸となるのはすべての人の死を悼みたいという青年の思いだ。その背景には素朴な人間の迷いや善意だけがあり、深みがないことが作品の弱みでもある。自殺する人物の思いも語られるが、通り一遍のもので論理的に浅くて読んでいて納得はいかない。本書はオール読物に連載されたとのことであるから、直木賞系の読者は満足させられたのかもしれないが、私は物足りなく感じられた。

 また、時に文章が説明ばかりになってしまい、一本調子の工夫のない部分も散見された。一方で女を買ったり酒を飲んだりするシーンは素晴らしくうまかったりする。

 細部にはリアリティー不足を感じるが筆力はある。読者を先へさきへと引っ張っていく推進力もある作品だ。

 

 

 

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