若冲 澤田瞳子 文芸春秋 2015年 1600円+税
日経新聞の夕刊の文芸欄で本書を知った。書評家の縄野一男氏によると5点満点で5点である。
若冲の人生を短編小説でつむいだ連作形式の作品である。
若冲が妻をなくした青年期から物語ははじまる。腹違いの妹、死んだ妻の弟、母親や実の弟たちが主な登場人物だ。
京都の老舗の大商店の長男として生まれた若冲は、絵ばかりに熱中して、商売には身がはいらない。跡継ぎなのに仕事に見むきもせず、店は弟たちにまかせきりにして、絵ばかりをかいている若冲は、家族の中で孤立してゆく。寺の僧侶や教養人たちに絵の評価は高まってゆくが、世事にはまことに疎く、実家からは厄介者あつかいである。
作者は若冲とその作品をえがきたくてこの作品を書いたのだと思う。若冲の作品の特徴や絵がかかれた背景について、物語にのせて説明しているが、学者が自説を小説のなかに散りばめたような印象をうける。それはうまく書けていて、マイナスにはなっていないが。
若冲は高価な絵の具をつかい、色あざやかで絢爛豪華な動植物絵をかいた。しかしそこに生きる喜びはない。いずれ散る運命の花、孤立無援の境遇、孤独とかなしみがえがかれていると作者はのべている。
作品は周到に線が引かれていて、細部にわたって計算をつくして作り上げられている。時間と労力をそそぎ、渾身の力でかかれた力作だ。水準も志も非常に高いことがつたわってくる。円山応挙や与謝蕪村、谷文晁などの同時代の画家も登場し、小説なので史実と創作が混じりあっているのだろうが、それを感じさせない説得力がある。歴史小説で、時代小説であり、芸術小説でもあって、人情物の側面もある。
妻をなくした若冲。孤立している若冲。絵しかかけない若冲。名声をえる若冲。誰もゆくことができなかった画境にたつ若冲。老いても新しい手法の作画に熱中する若冲。そして実家からだれも出席しない若冲の葬儀。
近年にないレベルの高い作品だと思うが、説明しすぎてしまうのが難。作者の他の作品も読むつもりだ。
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