金融再編の深層 高橋 温 朝日新聞出版 2013年 1600円+税

 1998年から2005年まで住友信託銀行の社長をつとめた人物の回顧録。

 作者が社長に就任する前年の1997年は北海道拓殖銀行が経営破たんし、四大証券の一角にあった山一證券が自主廃業した年だ。それからつづく金融大混乱の時代の証言である。

 本書は大きく分けて3部に分かれている。1が住友信託銀行と長期信用銀行の合併問題とその破談について。2が住友信託銀行とUFJ信託銀行との合併の合意とそれを反故にされた経緯。3が中央三井信託銀行との合併である。このなかでいちばん読み応えがあり、注目されるのは1の長銀問題であろう。

 当時は小渕恵三内閣で、宮沢喜一蔵相、速水日銀総裁、野中官房長官、田波大蔵次官というプレーヤーが登場する。財務内容が悪化し、自力再建が不可能になった長銀は、救済合併をしてくれる内外の銀行を捜し求めるが、その中で住友信託銀行が条件付きで、合併を検討することを受諾する。そこから政官界を巻き込んだドラマが展開するのだ。

 住友信託銀行が長銀と合併する条件とは、正常債権だけを引き取るというものだった。巨額の不良債権があった長銀の負の財産は継承せず、まともな取引先と行員組織を引き取るというものである。一見虫のよい話に聞こえるが、救済合併をする方としては当然のことである。不良債権まで押し付けられて合併するメリットなどないのだから。そしてここが障害となったポイントである。

 当時は住専問題でーー不動産融資専門会社である住専の不良債権の処理に公金が使われ国民の非難をあびたーー銀行の不良債権に公的資金を投入することが難しかった。銀行に公的資金を注入していたが、健全行で公金は毀損しないから、予備的に税金を入れている、というのが政府の見解だった。しかし実態はつぶれそうな長銀にも公的資金を注入していたから、政府は身動きがとれない状態になっていたのだ。

 この矛盾をなんとか乗り越えようとした時代の証言でもあるが、そこで出てくるのは、政府の要人が作者に語ることばによくあらわれている。

長銀を助けて欲しい
たいへんなことになる
日本発の世界金融恐慌はおこしたくない

 これらを言ったのは、日銀総裁や宮沢蔵相である。これに対して作者は、自分は民間の一銀行経営者で、日本や世界の経済に責任をもつ立場ではないとしているが、当然のことである。

 当時をビジネス・シーンの現場で体験した私は、日本発の世界金融恐慌がおこりうる恐怖を日々感じていた。大銀行が連鎖倒産して大恐慌におちいり、破滅的な経済状態になるのではないかと危惧していたものだ。政府は何をしているのだろうか。蔵相や大蔵省、首相は何をもたもたしているのか。住信はなぜ早く長銀を吸収合併しないのかと、気をもんでいた人は多かったはずだ。それが、蔵相の無策やバイタリティーのなさには暗然とさせられる。大蔵省の指導力もこんなものなのかと現実を知らされた。

 たいへんなことになる、今日は前向きなことを対外的に言ってもらわなくては困る、そんなことを高官に言われて作者も対応に苦しんだであろう。一経済人の手に負える話ではないのだ。

 長銀は結局破たん処理されて、アメリカの投資会社に言い値で買われ、国民負担はいや増した。政府のミスリードである。

 当時の真実と政治家の姿のわかる時代の証言である。

 

 

 

 

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