虚無への供物 塔 晶夫 東京創元社 2000年 値段不明

 華麗な文体で書かれた非常に複雑なミステリー。

 タイトルのひかれていつか読んでみたいと考えていた長編推理小説である。ようやく縁があって、手にすることができた。

 登場人物がおおく、物語が複雑なため、はじめは意味をとるのに苦労する。しかし人物が読み手のなかでかたまりだし、密室殺人がおこると、物語は一気に牽引力をまして、読者をグイグイとストーリーにひきこんでいくのだ。

 ふつうの小説ではじまるが、ときに登場人物のかく日記、ほかの登場人物がかいた小説などが入り混じっていくので、非常に凝った構成になっている。肩すかしをくったり、驚かされたりと、技巧がきいている。

 密室殺人事件が連続していくが、随所に海外、国内ミステリーのトリックが紹介されていて、好きな人にはたまらないのだろうが、ミステリーファンではない私にすれば、密室殺人に淫している印象で、異様である。

 小説は1954年から1955年の東京を舞台としている。敗戦の暗さをまだひきずっていた時代だ。書かれたのはあとがきによると1963年ころのようで、古典とも呼べる年月を重ねている。作品のレベルは高く、小道具もきいていた。虚無への供物とはバラの一種である。バラは象徴的にあつかわれ、ゲイバーを舞台としたり、登場する女性たちの和装の描写も通好みのものだ。

 この本自体が作者による虚無への供物なのだろう。

 装丁もうつくしい。ラストは不満だが、じっくりと読める、深みのあるミステリーだ。

 

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