南回帰船 中上健次 角川書店 2005年 3990円(税込み)
中上健次のファンか研究者でなければ読む価値のない書。
図書館で一般貸し出しの書架の本を、書名と作者名をながめながら物色していると、中上の作品があった。中上の著作が一般の本棚にあるのを見たことがなかったので、思わず手にとった。新しく出版された本を図書館が買ったのか、もしくはどこかの誰かがリクエストしたのにこたえて購入されたものが返却されて、知識のない職員によって書庫にいかず、ならべられてしまったのだろうかと考え、奥付をみてみると、はたして出版されたのは2005年の7月であった。
本書は中上全集に収録されることもなく忘れられていた作品で、劇画の原作になったものだそうだ。その劇画は『漫画アクション』という雑誌に、89年から90年にかけて連載されたという。漫画の原作だけあって文章はシナリオのようだ。全体に平板で、文学的な深みや効果を意識することなく、粗筋中心に書かれている。内容は荒唐無稽なもので、いかにも漫画の原作らしいものだが、右翼がでてきたり、暴力のシーンできわどい展開をするのは中上らしいところである。
読んでいくと前後の意味がとれなかったり、内容がつながっていない部分も散見される。創作中の原稿を収録したためにこうなっているようだ。内容がつかめなくなると、前後をいったりきたりして意味をとりつつすすむことしばしだった。しかも未完の作品なので物語は途中でとぎれているのだ。
雑誌の連載は漫画アクション側の要請で打ち切られたという。内容が問題だと私も思う。右翼、暴力、残虐。私が編集者でも、中断された先のストーリーを想像すれば、連載はやめると判断しただろう。
本書は『南回帰船』と、『明日』の第1稿と第2稿がおさめられている。いずれも未完だ。中上には『岬』や『枯木灘』などほかに読む価値のある作品がある。
資料的な価値はあるがほとんど売れないであろうこの作品を、出版した角川学芸出版には拍手と敬意をおくる。