猫に時間の流れる 保坂和志 新潮社 1400円+税 1994年

 猫の一代記、もしくは猫の生涯に仮託して書かれた私小説的な作品。

 時代はバブル絶頂のころ、1980年代の後半なのだそうだ。あの熱狂の時代を主人公は、フワフワとノホホンと過ごしている。作者に言わせると、お気楽に、生きている。あの時代にそんな人生があったことがおどろきだ。あのころほとんどの日本人は、仕事、株、土地などに狂奔していたと思うのだが。

 『猫に時間の流れる』と『キャットナップ』のふたつの作品がおさめられているが、両方ともその名のとおり、じつにのんびりした猫の話である。猫と友人たちの織りなしていく、起伏のない、悪い人は出てこなくて皆よい人ばかりの小説で、物足りないが、これが作者の特徴であり、味であろう。ここは好みの分かれるところだ。

 何事もない日常の積みかさねのなかに、時に深い考察がはさみこまれていて、油断して読んでいると不意をつかれ、戸惑って読み直したりもする。

 作者はあとがきで自分でも書いているが、人間だけの小説だと締まらない話になるが、猫をいれるとリアリティーがでる、とのこと。人間だけだと、お気楽で、猫の生き死にがからむと落ち着くのだと思う。誠にお気楽な作風だが、これは、心意気と慎み深さによるもの、なのだそうだ。あえてそうして書いていると言いたいのだろう。

 

 

 

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