北京のモリソン シリル・パール 白水社 2013年 3600円+税

 英国の新聞、タイムズの北京特派員で、後に中国政府の政治顧問になったオーストラリア人の伝記。

 物語は主人公のモリソンの生まれる前からはじまる。作者は主人公の祖父から語りだすのだが、全体に冗長で、細かすぎる作風である。やがて学生となったモリソンは冒険にあこがれ、オーストラリア大陸を徒歩で旅行したり、奴隷船にのって奴隷集めに参加したり、未開の地だったニュージーランドを歩いて旅しようとして、現地人に槍で刺されたりする。しかしそのレポートが新聞にのり、ジャーナリストになるきっかけとなるのである。

 槍の傷をロンドンで治療したモリソンは医師となり、やがて北京の特派員となる。ここからがこの本の山場である。

 時は日清戦争の直後。欧米列強と日本が中国で覇権を争っていた時代だ。義和団事件や八カ国連合の北京占領、西太后の死、辛亥革命、日本による二十一か条の要求などがモリソンの視点で語られるゆく。

 列強や日本から領土をとられてゆくのは、中国から見れば理不尽なことだったろうが、中国自身の内政にも問題があった。西太后の死後、中国では各地で軍閥が割拠し、無政府状態となった。軍閥は兵士に給料を払わないので、兵隊は市民から略奪して生活していたのだ。これではとても国とは言えない状況である。

 中国は日清戦争と義和団事件の賠償金を払わなければならないが、国土と人民が荒廃しているため金がまったくない。日本などが借款で貸すが、金利が高いのは当然である。返してくれるのかまるで当てにならないのだから。結果はやはり返済できずに、権益を日本や列強に渡してゆくということを、繰り返していくことになるのだった。

 本書は日露戦争から第一次世界大戦後までの経過を、モリソンの日記をもとにして詳細に記述してゆく。ときにモリソンが聞いた会話や噂話などが、無意味なほど細かく書かれていて、辟易させられる部分もあるが、これが作者の味でもあるだろう。

 訳はよくない。意味の通らない部分があるし、明らかな誤訳もある。またある人物の話したことを一節書いて、その後で一行あけてその人物がつづけて喋ったことを書いていくスタイルが多用されるが、読者は読みづらいから、そのまま素直につづけるほうがよいと思う。

 メモ魔で金に細かかったモリソンの側面がよくでているし、中国人や日本人ではなく、オーストラリア人の(当時は英国領)の視点で極東の歴史の裏側をみることができるから、歴史好きの読書氏には必読の書だろう。ただ、モリソンは中国の顧問だから、中国よりの立場であるのはいなめない。また日本軍のおこなった非人道的な行為の記述もでてくる。

 最後にモリソンの収集した極東の本のコレクションは日本に売られていて、現在は駒込の東洋文庫に収蔵されているそうだ。これもそのうち見にいきたいと思う。

 訳に難はあるが内容が興味深いので、一気に読ませる作品である。

 

 

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