るりはこべ(上・下)   丸山健二   講談社  2001年  上下とも2000円

 今回の主人公は犬である。人間の言葉を解し、何者にもとらわれず、依存せず、独力のみで生きる孤高の野良犬。丸山らしい設定だ。野良犬は自由を唯一絶対の価値基準として生きてきた、10才になろうとする老犬。
 不況が深刻化し、軍事独裁が進行する未来の日本を舞台に、野良犬の前に現れた流れ者の5人家族とのかかわりで物語りはすすむ。
 いつの時代でも自分で考えることのできない日本人、たえず誰かに指示されたがっていて、従ってしまう、救いがたい大衆は、不況や閉塞感を打開できるかもしれないと、隣国征服の野望を持つ指導者を支持してしまう。第二次大戦前のように特高警察が暗躍し、自由と良識を叫ぶものは弾圧され、抹殺されて、だれも異をとなえなくなるとする作品内の情景は、いつもの丸山作品に共通のものだが、いささか単純だ。作者には日本の未来がそのように見えるようだ。
 冒頭は野良犬の独白がつづいてストーリーがながれず、退屈。しかし展開がはじまると読ませる。犬が主人公ということで無理からぬことだが、神秘主義の色が濃いのは好みの分かれるところ。現実や未来に対する警句が満ちている作品なのだから、神秘主義に走られると肩透かしを食った感じだ。丸山の言いたいことは十分に伝わってくるのだが。
 また言葉、名前などの美意識が低下しているような気がする。数年前までは作品全体がちりばめられた詩のようだった。すべての語句が磨きぬかれた芸術性をはらんでいた。この作品にその迫力がないのは残念である。


                                                
トップ・ページへ         文学の旅・トップ            BACK