静かな生活 大江健三郎 講談社 1990年 1262円税別

 作者の3人の子供たちを主人公にした連作短編集である。

 作品は1980年代後半、作者が居住作家としてカリフォルニアの大学に招かれ、1年の予定で妻と米国に滞在した前後の、日本にのこされた子供たちの物語である。

 3人は、長男で脳に障害があるが音楽的な素養のあるイーヨー、その妹で大学の仏文科でセリーヌの研究をしていて兄の面倒をみているマーちゃん、いちばん下の弟で大学の受験勉強をしているオーちゃん、である。 

 3人の、主にイーヨーとマーちゃんの日常、静かな生活が丁寧に愛情深く、マーちゃんの視点でえがかれる。イーヨーは福祉作業所で働き、作者の古くからの友人で東欧文学研究家で音楽家でもある人物に作曲の個人教授を受け、プールで運動をする。ときに発作をおこすイーヨーの付き添いをするのはマーちゃんの役目である。繊細で傷つきやすいマーちゃんの内面が語られるが、この初々しい感受性がこの作品の美点だろう。

 物語に起伏はすくない。音楽の個人教授先のことや、日常遭遇してしまう悪意について。映画やエンデ、セリーヌ、ブレイクのことなどが語られる。

 冒頭にマーちゃんが、まだ予定のない自身の結婚生活について語る。
ーー私がお嫁に行くならね、イーヨーもいっしょだから、すくなくとも2DKのアパートを手に入れられる人のところね。そこで静かな生活がしたい。

 最後に配された作品がこの文章に呼応していて山場をつくっている。

 一言一句にまで神経が行き届いた味わい深い作品。

 

 

 

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