滞郷音信 田久保英夫 慶應義塾大学出版会 2003年 2500円+税
作者の死後に詩とエッセイで編まれたアンソロジー。
作者は生前、詩集をだしたいと考えていたそうだ。その遺志をついでまとめられた、詩と詩集にふさわしいエッセイの作品集である。
作者は元々詩人として出発したのだそうだ。私が作者を知ったころには既に芥川賞作家であり、芥川賞選考委員でもあったので、もっぱら小説ばかりを読んでいて存じあげなかった。今回はじめて作者の詩に接したが、20代の初期のころはスタイルが確立されていない感があり、年月と共に作風は深みを増すが、作者はやはり詩人ではなく、小説家であると感じられた。
エッセイでは明晰な思索の道筋が丁寧な筆致でつづられていく。三田文学の編集を手がけていたころのこと、詩を書いていたころ、小説を書きだしたころから亡くなる直前まで、詩や小説、芸術に透徹した眼をくばり、思考をふかめ、読者には思いも寄らぬほど周到な意図をもって作品を書いていたことを知らされる。これだけ格調高く、学識豊富なエッセイは他では読めないのではなかろうか。
折口信夫や芭蕉、俳句や詩に関する文章も興味深く、紹介されている本を読みたくなった。ただし、葛西善蔵は嫌いである。
ヴァレリイは散文を『歩行』、詩は『舞踏』だと表現したと紹介されている。作者は『舞踏』と『歩行』を行き来して、その双方を意識しつつ、はざまで作品を生みつづけたのだ。
夫人のあとがきが心にのこる。