ロング・グッドバイ 矢作俊彦 角川書店 2004年 1800円+ 税

 丁寧に書かれた複雑な構成のハードボイルド。

 横浜、横須賀を舞台とした刑事物である。内容は文句なく面白い。急激な展開とリアリティーで、読者をグイグイと物語の世界に引っぱっていく。酒と車、プロ野球と米軍の詳細な記述もアクセントとなっている。ハードボイルドはこういうところにこだわらないと、らしくないだろう。
 
 主人公はタフガイである。40をすぎて独身で、不器用で組織に順応できない硬骨漢だ。この男と米兵の物語である。

 物語は考えぬかれた書きだしではじまり、随所に伏線が引かれていく。仕掛けが用意されているのがわかり、期待させるが、ストーリーが複雑だし、伏線も多すぎて記憶できなくなるほどである。こうなるとストーリーがスムーズに流れず、読みにくくもなってしまう。ハードボイルドらしい、説明をなるべく廃した、読者を突き放したような素っ気ない文体とあいまって、しばらくこの本のスタイルに慣れるのに時間がかかった。

 よくできているが細かい点では気にかかる部分もある。全体を緻密に考えつくしてあるので、多くのエピソードとたくさん登場する人物たちに無駄がなく、すべてが関連しあっているのは、複雑なストーリーだけに、逆に有り得ないのではないかと感じてしまった。また最後まで真相を明かさずに読者の興味をひいて、ラストまでいくが、登場人物たちが順に真相を語りだすという手法は、安易だと思う。

 ときにじつに素晴らしい表現がある。ハッと打たれて動けなくなるほどの。また各章の書きだしは凝っていて、力がこもっている。しかし、矢作の作品としては2級品だ。エンターテイメントとしては十分に楽しめるが、本人はもっと高いレベルのものを目指したのではなかろうか。もうすこし時間をかけて熟成させたならば、そこにとどいたと思われるので、読者として残念だ。

 題名のロングは、LONG、ではなく、WRONG、である。

 THE WRONG GOODBYE。

 

 

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