取り替え子 大江健三郎 講談社 2000年 1900円+税

 複雑な意図と構成で書かれている私小説風の作品。

 作者の義理の兄である、自殺した映画監督との交流をモチーフにした小説である。作品には作者や夫人、障害はあるが音楽的な才能の豊かな息子、そして夫人の兄である映画監督など、実在する作者の近しい人々が登場する。まるで私小説のような印象をうけるが、事実をベースにして作者が想像力を発揮してつくりだした物語なのだろう。

 映画監督が自殺したところから物語ははじまる。当然作風は重苦しく、序章は作者自身がこれを書くのは相当精神的に苦しかったのではないかと想像されるほどだ。読んでいても最後までこのままいかれると辛いと思うが、第1章にはいっていくと重圧感はゆるむ。16才のときからのつきあいだという映画監督と、その当時にふたりで体験したいまわしい出来事を、ほのめかして読者の興味をひき、ストーリーはすすんでいく。映画監督とのこれまでの交わりを回想しつつ、じつに多様な話題に触れていくが、物語は作者の故郷、四国の森のなかにはいって、核心部にいたる。

 本書は『憂い顔の童子』『さようなら、私の本よ!』とつづく3部作の1作目の作品である。作風はアカデミックでブッキッシュ、芸術にかたむきすぎているきらいがあるが、不必要と思える性のエピソードが散りばめられている。作者は下世話なセックスの話題を作中に入れないとリアリティーがでないとでも考えているのだろうか。私は不要だと思うが、大江作品にはこの手のエピソードがかならずはいっているのだ。

 最終章だけ夫人が語り手の構成となっていて、タイトルにもなった、モーリス・センダックの絵本『取り替え子』に触れつつ物語は終わる。『取り替え子』という絵本に託して、作者は自身の言いたいことを夫人に語らせたいようだが、この手法はうまくいっていない。ずっと自身で語ってきて、いまわしい出来事も映画監督とふたりで体験したというのに、ラストだけ夫人に話させては核心がぼやけてしまう。絵本と本書のタイトル、『取り替え子』に救いをもたせて物語は終わるが、この選択も成功しているとは言えないだろう。

 昔の写真を効果的につかっていて、表紙の司修の絵―作者の息子の横顔がかかれている―も印象的だ。本書は力作だが十分に成功しているとは言えない。それでも読書人として読む価値のある作品だろう。

 

 

 

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