1980年代の札幌駅 

 

 1981年の札幌駅 後方は待合室

 

 1980年代まで、たくさんの若い旅行者が札幌駅の軒下で野宿していたのをご存知だろうか。いまでは考えられないことだが、当時は駅前にライダーやサイクリスト、カニ族と呼ばれたバックパッカーが集まり、シュラフを並べて何十人もが寝泊りしていたのである。

 これは札幌駅だけのことではなかった。日本全国どこでも国鉄の駅がーー当時はJRではなかったーー野宿の場所として若者にいちばん愛用されていて、観光地の大きな駅にいけば、必ず同じような若者がいたのである。

 

 

 1981年の札幌駅 洗濯物を干す

 

 それでも旅行者の集まっている人数は札幌駅が日本一だったと思う。多いときには100人を越す貧乏旅行者が駅前にいたものだった。駅前の歩道上に何台ものバイクがとまり、自転車がならんでいて、旅人の解放区のようだった。金のない者は駅前で米を炊き、おかずを作って食事をしていた。少し金のある男たちはサッポロ・ハイソフトという焼酎で飲み会をしたものだ。駅の洗面所で洗濯してきたものを、ロープを張って干している人間もいた。

 札幌駅は無料の宿泊所だけでなく、北海道最大の旅の情報基地であり、拠点でもあった。今ほど情報がなかった当時、口コミがいちばん有用なものだったのである。

 札幌駅には旅の途中の者、旅行を終えて帰る若者など、いろいろな人間がいて、それぞれが是非いくべきところを話すのだ。ひとりの旅人が語るのは彼だけが体験したものではない。やはり何人もの人間に聞いて、しかる後に自身で体験して出来上がった、何十人もの旅のエッセンスが蓄積されたものなのである。そこではすでに船長の家は有名だったし、霧多布にあったーー今もあるのかわからないーーきりたっぷり、というお得な宿の情報もあった。駅の近くの、裏口から浴場に入れるホテルなんてのもあったりした。シャケバイの情報もあった。

 当時は、旅のはじめにまず札幌駅にいって、どこに行ったらよいのかを聞いてから走りだすのが、効率よく、楽しい旅行をするコツだったのである。

 現在の新しい札幌駅の時代ではない。古い駅舎のころの話だ。私たち、当時の若者が札幌駅前で飲んだり、野宿したりしていると、地元の大人たちは迷惑そうだった。夏の間だけとはいえ、どこの馬の骨とも知らない男達が集まっているだから当然だ。いつの間にかこのようなことはなくなり、現在はそんなことが嘘のように、札幌駅は整然としている。それは時代の流れで仕方のないことだが、こんなことがあったと記録しておきたいことなのである。

 

 

 1983年の札幌駅 この日知りあったライダーたちと