バイク用品店にて

 

 バイクとハクモクレン 画像提供 HAROさん DR650オーナーズ・クラブ 

 

 春になってハクモクレンが咲いたのを見て、バイクのタイヤを交換しにいった。じつは昨年の秋からリヤ・タイヤのトレッドはなくなっていて、スリップサインもでていたのだが、これから冬になると春までほとんど乗らないからと、そのままにしてきたのだ。フロント・タイヤもスリップサインがでる寸前まで磨耗していたので、この機会にバイク用品店の『N』でいっしょに換えることにした。

 ダンロップのトレール・マックスというオンロード寄りのタイヤを4・5本連続で使用してきたので、今回はオフ寄りのタイヤにしようと考えていた。イボイボのトレール・タイヤとまではいかなくとも、純正品のオフロード・タイヤくらいのものを希望していたのだが、昨今の諸物価の値上がりがタイヤにまで波及していて、考えていたブリジストンのタイヤが思っていたよりも高い。タイヤの価格は2・3割は上がったのではなかろうか。

 私は林道にいっても飛ばすわけではないから、DR650のオーナー・クラブではオフのグリップが悪いと不評の、ミシュラン・シラックを価格本位で選択したが、これはかなりオンロード寄りのタイヤだから、オフでのグリップがよくないのは当然のことである。料金はフロントが6930円、リヤが8610円で、それに自分でタイヤを交換する手間と時間を考えてーー前後だと休日が1日つぶれると思うーー2625円の工賃でそれもNにお願いすることにした。バイクの整備は自らこなす正統派の方々からは、タイヤの交換くらい自分でやれ、と言われそうだが、2006年の北海道ツーリングでは自身でタイヤ交換をして失敗しているから、これで正解だったと思うのだ。

 タイヤの交換をしたら茨城県八溝山周辺の林道探索にいこうと考えていた。昨年もたずねたのだが、林道の入口がみつからず、時間もなくなって断念したので。茨城の山ならば雪もないだろうし、奥久慈は鮎やそばが美味しいから、それも楽しみだった。 

 タイヤ交換をしてもらっているあいだ、買い換えを予定している雨具や値引き販売されている防寒具などを物色していたが、そろそろ作業も終わったかと思えるころにバイクを見にいってみると、まだフロント・タイヤに取り組んでいて、リヤ・タイヤに手がついていない。これはまだ時間がかかるなと思っていると、客は立ち入り禁止の工場内に、いきなり入っていくカップルがいる。私のバイクの横で改造パーツを取り付けている、ビッグ・スクーターのオーナーで、担当のメカニックと親しげに話しているから、友人なのかと思ったらそうではないようだ。メカの態度からそうとわかった。

 ふたりは常連客なのか、ピットに入り込んでもほかの3人のメカニックは何も言わずに黙認している。ふたりは22・3の若い男女で、男はトキオの松岡を軽くしたような感じで、なかなか男前だ。大柄な彼女は肉感的で、たとえは悪いが秋田で自分の娘と隣家の小学生男児を殺害した、畠山鈴香を若く、明るくしたようなタイプだった。

 松岡はNでたくさん買物をしているよい客なのかもしれないが、無遠慮に工場に出入りするのは節度が足りないなと思う。そのせいか担当のメカの態度はどこか硬いし、まわりにいるほかのスタッフの体からも冷たい波動がでているように感じられた。

 松岡のスクーターはかなり手が入っていた。派手なスペシャル・カラーにペイントされ、シートも発色のよい色に張り替えられている。ナンバー・プレートは改造スクーターがよくやっているように、エンジン後部に縦にはりつけられていて、テールの跳ね上がった大口径のステンレス・マフラーがつく。ハンドルやミラーもメッキの品に換えられていて飾りたててあった。かなり金がかかっていることはわかったが、この手の改造車の常で上品ではなかった。 

 松岡は少々馴れ馴れしいが、人好きのする明るい男で、人気者になれそうなタイプに見えた。ダウンにジーンズというこざっぱりとした、シンプルな着こなしをしているし、好感のもてる青年だと。車をもっていない若者が、愛車のスクーターを大事にしていて、休日のデート中に彼女とバイク用品店にきて、愛車に手を入れ、そして彼女は松岡の趣味につきあっているのだなと思われた。

 彼女はジーンズに長袖のぴったりとしたTシャツ着ているだけで、手には薄手のフリースをもってはいたが、まだ桜の咲いていない季節である。外はまだまだ寒いから彼女の薄着はきわだっていた。

 松岡が担当のメカに何か質問をした。メカは答えられず、そばで別のバイクの作業をしていた年嵩のメカニックに助けをもとめる。年嵩の男は「それは…‥」とすかさず答えていたが、松岡が作業員以外立ち入り禁止のピットにいるせいか、口調が事務的だ。松岡は年嵩の男の説明を聞いていたが、急に別のことを思いついたようで、「あれはあるかな?」という感じで担当のメカにたずねている。メカはうなずいて、それがある店内のコーナーにふたりを案内していった。

 私のバイクの作業をしていたメカが、年嵩の男に話しかけてDRのタイヤのところにつれていった。どうやら作業が思うようにいっていないようで、年嵩の男はホイールを見るとプラスチック・ハンマーでタイヤをたたきだす。タイヤにはサイドにラインが入っていて、そのラインとリムの間隔が均等になるようにしてタイヤを組むから、そのバランスがうまくいかないのだろうと思われた。

 松岡の担当のメカは商品のある場所にふたりをつれていくと工場にもどってきた。店内では大画面プラズマ・テレビで、販売中のDVDの宣伝をながしていて、カワサキのZ‐T、Z‐U、Z1100GP(エディー・ローソン・レプリカ)、GPZ1100の空冷ビッグ・バイク・シリーズや、カワサキZX10のチューニングと最高速アタックのようすが放映されている。なつかしいバイクたちに眼をうばわれていると、
「あれもいるぁ、あっそうだ、これもだよぉ」と松岡が軽い調子で言いながら私の背後を通りすぎていった。その後を彼女がついていっているのだが、松岡はえらんだ商品をレジにもっていくと、
「じゃ、お願い」と彼女に笑いながら言って、支払いをまかせて店の奥に歩いていってしまう。

 なんだよ、女に買ってもらうのかよ、と思う。お前はヒモか、と。

 その彼女は彼女でわずかな額の買物をするのに、クレジット・カードの分割払いにしようとしていて、
「何回払いにしようかしら?」と店員に言っていて屈託がない。逆に店員のほうが彼女が金を払うことを意識してしまって対応がぎこちなくなっている。
「3回か5回、7回か12回でも…‥」と店員が答えていると松岡がもどってきた。彼女が、
「何回払いにしようか?」と聞くと、
「知らないよ、俺はそんなこと」と言ってまた店の奥に歩いていってしまう。そりゃ、彼女の支払い能力がいかばかりかなんてことは知らないのだろうよ、と思う。バツが悪そうに店の奥にいってしまったから、自分でも女に買ってもらうのはカッコ悪いと感じているようだ。それならばそんなことはするなよと思うが、それよりも買ってもらいたい、買わせたい、手に入れたいという物欲が強いから、こんなことをしているのだろう。

 彼女はけっきょく5回払いをえらんだが、お金に細かい私としては、ポイント稼ぎのためのカード使用ならともかく、バイクの用品を買うくらいのためにーー今日ほかにもたくさん買わされたのかもしれないがーー金利のかかるような買い方はするなよと思う。もったいないじゃないか、と。そんな買い方をするよりも、金がたまるのをまって、現金で払うのが当り前だと思うのだが。それがまともな生活者だと考えるが、なによりカードで彼女に買わせる松岡が悪いのだ。

 ホストと客なのだろうか。売れないホストに水商売の女。もしくはやりたい放題の幼児のような男に、なんでも言うことを聞く女のとりあわせか。いずれにせよ女に趣味のバイクの部品を買ってもらうなどもってのほかである。ホストなら売り上げを伸ばしてもらったり、洋服や時計、車をプレゼントしてもらうのはいいだろう。しかし趣味のものは自分の稼ぎで購うべきではないのか。それを女に買ってもらうのは男ではない。

 私のバイクの作業は大幅におくれて終了した。年嵩の作業員が説明してくれたが、フロント・タイヤのビートがなかなか落ちずに時間がかかったそうだ。リヤはすぐに落ちたのに、フロントはリムにタイヤが固着していて、ふたりがかりでやったそうだから、自分で作業しなくてほんとうによかった。ビートの落ちないタイヤのついたホイールと、新品のタイヤを車に積んで、またNに来て作業をしてもらったら、それこそ笑い話になるところだった。

 ふと気づくと、私のバイクのエンジン音がしていた。DRはキックしかついていなくて、エンジンをかけるのはコツがいる。私以外はまずかけられないから、びっくりしてしまった。650ccの単気筒エンジンは圧縮が高く、キックを踏もうとしても、踏み切れるものではない。デコンプで圧縮をぬいて、しかる後にキックするのだ。キックを開始するにも、キックペダルの位置や、ピストンが上始点にあるのか下始点にあるか空踏みしてたしかめ、そして思い切って踏み抜かねばならない。下手をするとキックペダルが途中で止まり、足首をくじくこともある。プロでもまずエンジンはかけられないから、驚いてしまったのだ。

 タイヤ交換をしたメカがエンジンをかけたようだが、彼はライトやウインカーなどの灯火類が正常に作動するのか確認をしている。よくあのキックを踏みおろせたし、エンジンをかけられたなと思っていると、
「セルないの? キックだけ? このバイク」というメカたちの会話がつたわってきた。メカニックたちが集まってDRを見ている。
「硬派のバイクだね」
 私としてはセルつきのほうがよいと思っているのだが、そう言ってもらえるとなんだか嬉しい。

 DRを受けとるときに、
「よくエンジンがかけられましたね。プロでもまず、キックできないんですよ」と言うと、メカは照れて笑いながら、
「足が折れたかと思いました」と答えた。

 メカにうなずいて気持ちよくNをでていくが、スクーターのふたりも出発するところで、松岡の背中に薄着の彼女がしがみついている。これだけ見れば仲のよい恋人同士にしか見えない。松岡が彼女のお金だけでなく、彼女自身も大事に思っていればよいのだが。

 タイヤ交換をしたDRはすばらしく調子がよい。チェーン調整をしたためだろう。アクセルにたいする反応がよくなり、気分よく家路をたどる。茨城の林道には桜が咲いて花冷えの時期がすぎてから出かけようと思うが、畠山鈴香のように、どこか危ういもの、脆いものを内包している彼女の将来に、何事も起こらないことを祈りつつ、その不吉な考えをふりはらってアクセルをあけた。

 

  

 

                                                           2008.4.10

 

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