明日なき身 岡田睦 講談社 2006年 1600円税別

 惨憺たる内容の私小説短編集。

 作者は1932年生まれ。慶應義塾大卒だがまともに就職したことはなく、代用教員や家庭教師をしながら詩や小説を書いてきたとのこと。

 結婚に3度失敗し、年老いて収入もなく、体調も悪くなり、生活保護をうけている。なかなかはかどらない小説の原稿料と生活保護費がたよりだ。

 3度目の妻に逃げられて生活苦から生活保護を受けだしたが、妻の家を出るように迫られると自殺未遂をおこし、住まいはケースワーカーに探してもらう。生活保護をうけているが、生活能力がないために、月末には毎度食べるのに窮し、食うや食わずの日々を送ることをくりかえし、ついには火までだしてしまうのだ。

 本書は私が毎週見ているNHK・BSの週刊ブックレビューで紹介されていたので興味をもったのだ。私は元来、葛西善蔵などの悲惨な私小説は好まない。知的で生産的な内容ならばよいのだが、日本文学の伝統的な私小説である、無惨で自己破滅的な小説には触れたくもないのである。しかしあるときに、同じような境遇の人と出会っていたので、本書を手にとったのだ。

 その方も慶應大卒の方だったが、大学を卒業して就職したことはなく、家庭教師の仕事を続けてきたが、60前くらいだっただろうか、体をこわして仕事ができなくなり、生活保護をうけてアパートでひとりで暮らしていた。その方は、大学時代の友人たちは一流企業の重役になっているが、自分は将来を真剣に考えずにその日その日を送っているうちに年をとり、こんな境遇になってしまった、と語っていた。その方は自身が慶大卒であることを口にした後で、私の母校はどこかとたずねた。私は出身の三流大学の名を言ったが、その日から3年後に電話をいただいた折、その方は私の出身校を正確におぼえていたものだった。あれはもう20年近く前のことである。

 この方と作品が重なったので読んでみたのだが、読んで後悔した。

 物語は舌足らずな文体で訥々と語られる。無惨な私小説が好みの方はどうぞ。今どき珍しい世界ではあるが、私はもうこの作家は読まない。

 

  

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