江戸の旅日記 ー「徳川啓蒙期」の博物学者たち ヘルベルト・プルチョウ 集英社新書 2005年 700円+税

 江戸の中期に現れた、科学的な視点を持った旅人の日記についての紹介と論考の書である。

 本書は外国人日本文化研究者による作品だ。

 江戸時代の中期以前の旅日記には必ず『歌』が含まれていた。それらは古来より歌によく詠み込まれてきた名所や旧跡をまわりながら、勅撰集に取り上げられているような正統的な歌人の眼を通して、風景を見ているような紀行日記であった。すなわち自らの眼で対象を見ていないのである。それが江戸中期から急に変わるのがこの書の論説ポイントである。

 徳川吉宗の時代頃から旅人は、科学的な視点で、自立した自分の考えによって日記を書くようになる。それはこれ以降の紀行作家たちが、朱子学、本草学(ほんぞうがく)、地理、国学、漢学、蘭学、文人画などを基礎にした博物学を身につけていたからである。

 本書には、筑前藩最大の朱子学者と呼ばれる貝原益軒の紀行文、本居宣長の大和盆地の古墳を訪ねる旅、東北地方の大飢饉を目撃した旅人の日記、江戸幕府の巡見使に選ばれた岡山の地理学者の東北・蝦夷の旅日記、国学者・博物学者で画家・歌人の菅江真澄の蝦夷の見聞録、平戸藩主の殿様旅日記、その日暮らしの旅芸人の日記、そして松浦武四郎の蝦夷探検などが取り上げられている。いずれも手短かに内容を紹介し、新しいビジョンがあったとか、批判精神がある、などの特徴を示していくのだ。

 それぞれの紀行文と作者がとても魅力的で、それぞれを読んでみたくなる内容である。そして作者が指摘したいことは、この時代から日本の思想的近代化がスタートしたということなのである。

 江戸時代の放浪者たちの足跡はとても刺激的で、旅好きにはお奨めである。

 

 

 

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