フーコーの振り子 ウンベルト・エーコ 文藝春秋 1993年 上下とも2233円+税 

 非常に長く、オカルトの知識が嫌になるほど記述されるので、退屈で読んでいられなくなり、何度も投げ出しそうになる本。ただし、読書人ならチャレンジするべきかも。

 書き出しは非常に難解だ。真剣に読まないと意味がとれず、慌てて冒頭にもどって読み直す破目になる。哲学的、物理的、数学的な書き出しに面食らって、まさかこの調子で上下2巻の大部な本が書かれているのではあるまいなと不安になる。しかし数ページ我慢してすすむと物語は始まる。

 物語は始まりはするが、何が書かれているのか、どういうストーリーなのかはまったくわからない。小説は物語の途中から始まって、ここからストーリーの始点にフラッシュバックして語りなおしてくるスタイルなのだ。したがって読み進めても一向に内容がわからず、ただ中世からのヨーロッパの怪しげな秘密結社のことが語られる。特に十字軍に参加したテンプル騎士団、薔薇十字、フリーメーソンなどの秘密結社のことが細かくえがかれ、そこに魔術、錬金術、降霊術、占星術、歴史、数学、物理学、医学、化学などがないまぜにされ、長く、考えられないほど細かく書かれているのである。

 秘密結社がイギリス、フランス、イスラエル、ドイツ、ロシアではどうだったのか、ということも延々と語られもするので、到底読んでいられず、投げ出しそうになった。事実もうやめたと決めたのだ。たしか上巻の50ページだったと思う。しかし活字中毒の私はそのとき他の本を持っていなくて、仕方なく続きを読むと、殺人事件が起きてストーリーが流れだし、一時的に面白くなって読み進むことができたのだ。

 何千年も前から受け継がれてきた、秘密の計画がストーリーの核だが、その内容と謎解きがこの作品の鍵となっている。そしてその周囲をかためているのがオカルトの膨大な知識なのだが、作者はこれを書きたいがために、この作品を構想したのではないかと思えるほどの、辟易するほどのボリュームなのである。

 下巻に入ると秘密の計画とその謎解きがストーリーの中心となるが、推理がなんでもかんでも強引にオカルトに結び付けられていってしまうから、また読むのが苦痛になってくる。オカルトにとりつかれた人たちを猟奇魔と呼んでいるが、正に猟奇趣味にとりつかれた偏執狂たちの論理が何十ページも続くのだ。ここでもまたこの作品を投げ出しそうになった。しかしここで読み通さないないと二度とこの本は手にしまいと思うので、我慢して読了したしだいである。テンプル騎士団の敵はイエズス会で、ベーコン派やテンプル派、ガリレオにアインシュタイン、ヒットラーまで登場し、なんでもかんでも薔薇十字で、テンプル騎士団で、秘密結社に秘密の計画、不老不死なのだ。

 文体は非常に複雑だ。読んでいて訳すのが困難な文体なのだろうとわかるが、意味のとりにくい文章で、よくわからないと少しもどって読み直すこともしばしばだった。訳者が悪いのではなくて、原文が複雑すぎるのだろう。

 ヨーロッパのキリスト教や錬金術、占星術などのオカルトの知識があればこの本は興味深いのかもしれない。しかし何の知識もなく延々とオカルトの理屈を読まされるのは苦痛以外の何物でもない。作者の知識量とこの作品を書き上げたスタミナには賞賛を惜しまないが、作品には賛辞は送れない。

 作者の力量はわかるが、もっとバランスを考えた作品が書けないものだろうか。一部のマニアはたまらないのかもしれないが、一般には向かない本だろう。読了できるのも30人に1人いるかどうかだと思う。あるいはもっと少ないか。

 ラストは長引かせすぎた印象。もっと前でスパッと終わりにしたほうがよいと思うが、これだけ饒舌な作者だから、作品のバランスよりも自分が語りたいことを優先させたのだろう。読み終えるのに異例の長い時間がかかった。読み終えてホッとした。作者の作品をまた読むか、迷う作風である。魅力はあるのだが。

 

 

 

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