クーデタ アップダイク 河出書房新書 2009年 2400円+税

 作家の池澤夏樹の訳す、アフリカのクシュという国の独裁者の物語である。

 ピンクのカバーのついたきれいな装丁の本である。印象的なハードカバーでつい手にとってみたくなる魅力的な書籍だ。本書は池澤夏樹の個人編集の世界文学全集なのだそうだ。全30巻のうちの1冊で、これだけが池澤夏樹の翻訳である。

 クシュは作者の作り出した架空の国である。時は冷戦の最中、アフリカにある社会主義国家であるクシュの大統領は、アフリカとイスラムの伝統的な価値観で国づくりをしていた。それは近代化を目指さず、アメリカなどの西側諸国の援助を受けない、物質的には貧しいが誇り高い精神主義的な価値観に立つものだった。しかし旱魃は続き、家畜は死んで、人々は飢えていた。

 大統領は反米主義者で国内にソ連がミサイル基地を作るのを容認していたが、米国の大学に留学した経歴を持っている。その時の米国での体験がストーリーに埋め込まれていて、アフリカ人、黒人から見たアメリカ社会の物語にもなっているのだ。それがアメリカ人である作者の狙いでもあるのだろう。

 大統領は国を立て直そうとして、国内を名を隠して視察してまわるが、不思議なものを見る。物質文明を否定しているにもかかわらず、それらの気配があるのだ。大統領の補佐官は物質文明、資本主義を受け入れている。より豊かになることを求めている。大統領の知らないところでクシュは変化し始め、人心が移り変わって、クーデタが起こるのだ。

 書き出しはストーリーが流れない。クシュの国の説明から始まるのだが、重苦しくて退屈だ。文体は密度が高く、凝縮されているため、集中して読まないとついていけないほどである。原文がそうなのだろうし、池澤の訳文の息遣いも複雑なためだろう。文章はとても長く、句点で長く続いていくので、読みづらく意味がとりにくい。したがってストーリーが流れ出すまでの数10ページをすすむのに苦労した。

 また大統領の独白となっている章と、作家が主人公を操って書いている章の、ふたつのスタイルが入れ替わりながらつづくので読者は混乱するのだが、これは大統領の回想記が織り込まれているからだと、最後にわかるようになっており、その意図がわかれば非常に効果的で好ましいものだと感じられるのである。しかし物語の視点が突然変わったり、過去と現在が入り乱れて記述されたりで、ストーリーを追うのに混乱させられる箇所も散見された。

 ムスリムは4人の妻がもてるのだそうだ。大統領には4人の妻と愛人がひとりいて、それぞれとの関係と物語で、クシュという国、アフリカ、アメリカを語っていく。クシュは社会主義国とのことでマルキシズムという単語も出てくる。革命という言葉も。しかし哲学や理念のようなものは皆無で、独裁者にしては繊細すぎる、内省的な大統領の内面がつづられていくのであるーーこんな独裁者はいるわけがないと思う。

 ほとんど改行もなく、延々と文章が続くので読み切るのにかなりの時間がかかるが、読書好きには歓迎されるタイプの本だろうーー一般にはまったく受け入れられないと思われる。まことに読みづらいのだが、他に例のないオリジナルの内容で、創造性に富んでいて、読者の知的好奇心に訴える魅力がある。文中に時折、例えようもなく詩的な表現や比喩があらわれて読書を中止させられるのも、本書の魅力だろう。

 最後に配された訳者の解説も読んでいて興味深く、心地よい。アップダイクの小説をもっと読んでみようという気にさせる。

 

 

 

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