七つの自転車の旅 白鳥和也 平凡社 2008年 1600円+税

 文学の香りのただよう自転車の旅の紀行文集。

 作者は1960年生まれだそうで、私とほぼ同年輩である。したがって自転車趣味の好みが一致していて、じつに楽しく読ませていただいた。しかも文学臭のする紀行文である。なんだか他人とは思えなくて、古くからの友人に会って話しているような読後感だった。

 タイトルの通り七つの旅がならんでいる。1が北上、盛岡、仙台の旅で、銀河鉄道の夜などの宮沢賢治のことが織り込まれている。2は津軽から秋田への旅で、そうあなたが今予想したとおり、太宰治の津軽について触れられていて、ここでは映画についても語られている。3は北陸の富山から加賀にいたる旅で、バリオスというギタリストと彼の曲が背景に流れている。4は修善寺の旅だが、台風にあって走れなかったトラブルの記録である。5は白馬周辺から糸魚川までの塩の道をたどるもので、梶井基次郎の檸檬が効果的に使われている。6は大平街道、妻籠、馬籠、中津川、飯田の峠越えのルートで、ここまででわかった方も多いと思うが、ここは島崎藤村の夜明け前の舞台となった地である。7は瀬戸内のしまなみ街道の旅で、ここではSFとワイエスの絵がアクセントとなっているのだ。

 作者は平凡な国道をいくのが飽き足らなくて、人々の生活臭のする裏道や、ローカル線の駅などをめぐっていく。文章のスタイルは私小説風で、ただの紀行文ではなくて、過去の記憶や文学、映画や家族のことなどが折に触れて記述され、奥行きがでている。旅先での情景描写や心理描写もあざやかだ。

 自転車の旅だが自宅から走りだすのではなく、輪行という手法をとっている。輪行とは、自転車を分解して専用の袋に入れ、列車に持ち込み、目的地まで鉄道を利用する自転車旅なのだが、鉄道好きの作者は、乗っている電車にも多くの記述をさいてもいる。作者の前著の『自転車依存症』では、自転車好きの人は鉄道も好きなはずだ、オーディオも好きにちがいない、と強引にその分野のことを語っていて、それらに興味のない私はそこを読み飛ばさせてもらったが、紀行文の中に織り込まれていれば、多少の鉄道へのこだわりも良いアクセントとなっていた。

 作者はランドナーという古いタイプの自転車で旅をしている。ランドナーとは30年ほど前まで大人気だった、小旅行車、と訳されたカテゴリーの自転車で、要するに万能車だった。現在はマウンテンバイクなどにその座をゆずっているが、何日にもわたって長い距離を走る旅にはよくあっているのである。

 そして作者は当時絶大な人気を誇っていたトーエイ社のオーダー・フレームのランドナーを使用しているが、私もトーエイのフレームを使ったランドナーとロードを所有している。作者は30年まえの道具で、昔の感性で旅をしているが、文学や映画や音楽の話題にふれながら、普遍的な紀行文に仕上げている。

 自転車の趣味がなくとも楽しめる。細部の文章に眼をひきつけられる、実力派である。

 

 

 

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