オンからオフへ

 オンロード・バイクに乗っていたころに気になるものがふたつあった。ひとつは山のなかの深い谷で釣りをしている釣師たちで、もうひとつはオフロード・バイクで林道に出入りしているライダーたちだった。

 夕刻になると谷底から這いあがってきて、山道をあるいて車にもどっていく渓師(たにし)をみかけると、こんなにすごいところで釣りをしているのかとおどろかされたし、林道からはしりでてくる泥だらけになったオフロード・バイクを眼にすれば、私には踏み込めない世界を自由に行き来する彼らがうらやましく思えたものだった。私もいつかはこのふたつの世界に参入したいと考えていた。

 渓流釣りはおしえてくれる人がいて、ついに深い谷筋におり、岩魚や山女を釣るようになった。川や山や魚の生態の研究にも打ち込んで、ついにはひとりで深山にわけいるようになり、山中を放浪することもした。ひとりで山奥の沢筋にたっていると、常人のはいりこめない自然の領域にいるのだと実感したものだった。

 林道もバブル経済の崩壊後の不況で、経済的な理由から車検のないバイクに乗り換えることを決めたとき、リッター・バイクのオンロード車からオフロード車にして、体験することができた。

 林道にはじめてはいったとき、おどろくほど山の内ふところをはしっていて、感動したものである。林道はいままで走っていたアスファルトの山道とは、自然との距離感がまるでちがうのだ。林道は極端な言いかたをすれば、山の表面をけずって道をつけただけなのに対して、舗装路は山側のノリ面の造成や谷側のガードレールの設置などで、山に手をくわえていて、道路は自然の山から隔絶されている。林道は森と一体となっていて、バイクのハンドルのすぐ隣が自然の領域なのだ。それが新鮮だった。

 しかし林道にしろ渓流にせよ、日本の山のなかで人の手のはいっていない場所などあるはずもなく、見る眼がそなわってくると、川の流れの破壊や深山での人工物の多さに、日本という国のなりたちを見せつけられてしまい、この国のそういうダイナミズム、システムになかで生きているにもかかわらず、哀しくも無念なのだった。

 それでも林道走行のないツーリングなど考えられなくなってしまった。ただ安楽なアスファルトを走ってくるだけでは刺激がたりず、物足りない。泥道をはしって砂利をけたて、ハンドルをとられて危ういおもいをし、簡単には見ることのできない景色をながめなければ、満足できない体になってしまった。

 オンロード・バイクでワインディングを駆けぬける爽快感は、バイクのひとつの醍醐味だろう。スピードと遠心力と重力をあやつってコーナーを巧みにぬけるバイク操作の快感も、バイクに乗りつづける魅力のひとつだ。しかし、それよりもおおきな満足を林道ツーリングはあたえてくれると、思うのだ。

 

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