新年の挨拶 大江健三郎 岩波書店 1993年 1359円+税

 年のはじめの数日に、あえて電話をするほどでもないことを、年頭のあらたまった気持ちでやはりと思い直して、かけてきてくれるような電話、話をモチーフにしたエッセイである。

 時期と内容が『燃えあがる緑の木』が書かれていたころに記述されていたものと想像される作品が並んでいる。『燃えあがる緑の木』の登場人物のモデルではないかと思える人の話や、作中に出てくる礼拝堂の円筒形の音楽室の元と思える建物の紹介などの間に、胸がシンとなるようなエピソードがはさみこまれている。

 日やそのほかのすべての星を動かす愛に

 という印象的な言葉もでてくるのだ。

 家族のことや、創作や人との交わりのなかで感じた憤りや、心にひっかかりをもったものを追求した思索などが記されていく。その内容が時に非常に難解で、しかも文章が長く、深く屈折して延々と記述されているので、意味のとりづらい箇所が散見され、読みづらい文体だ。作者もそれを自覚しているようで、そのような指摘を受けると書いてもいるが、小説よりもはるかに読みにくいスタイルだ。一読して意味がとれず、少しもどってみたり、何度も読み直したりしてみても、すっきりしないところもあった。それでも作者にしか書けない、作者らしい高尚で感情的なエッセイである。

 作者の集中的な読書と、それによってなされた創作のことも記述される。これはほかでも読んだことがあるが、ブレイクを読んで『新しい人よ眼ざめよ』を書き、ダンテによって『懐かしい年への手紙』を、ディケンズで『キルプの軍団』などを創作したのだそうだ。

 ラストはこれまでの創作の態度と作者の希望が書かれているが、単純に記されているのではなく、作者らしく結ばれている。

 

 

 

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