ZU発売前のスクープ記事

 小学生2、3年生のころ、祖父母の家に遊びにいくと、ちかくの自動車修理工場をたずねることがあった。祖母がそこの奥さんと親しかったためである。当時、初代フェアレディZ、SR311がとまっていたがその話は本題ではない。祖母がおしゃべりを始めると、私はチョコレートなどをあてがわれて、修理工場の待合室で時間をつぶした。

 いまもそうだが修理工場の待合室には車の雑誌がおいてあるものだ。そこもそうだったのだが、一冊だけ『オートバイ』誌がまざっていた。車は好きでバイクには興味のないふつうの子供だった私は、車の雑誌をとってながめだした。文章を読むことはできない。ただ写真を見てページをくっていくので、たくさんあった雑誌もすべて見てしまった。そこで残っていた『オートバイ』を手にとって、おなじように写真を見ていった。

 ページをつぎつぎとめくっていくと、一枚の写真に注意をひかれ、手をとめた。見開き2ページの大きなあつかいの記事で、1台のバイクの走行写真と停車しているところが写っていた。

 走行写真はバスのなかから撮られたものだった。バイクはバスを追いぬこうと併走している。タンク、サイドカバー、テールカウルは真っ黒に塗りつぶされ、ライダーのいでたちも、黒いヘルメットにスモークシールド、黒皮のツナギ、グラブ、ブーツと黒づくめだった。子供の目にはある種異様な、または野蛮な印象さえあたえる写真だったのだが、黒いバイクに惹きつけられたのである。

 疾走するバイクの下には、おなじバイクが外国の街角にとめられている写真もあった。走行中のバイクの輪郭はにじんでいたが、静止したバイクは、端正なスタイルをみせていた。見ればみるほどひきこまれる。単純にいえばカッコいいのである。流れるようなタンク、シート、テールカウル。ハンドルの高さ、ヘッドライトの大きさと、エンジンの重量感、全体のバランス。カッコいい。息をつめて見つめてしまった。

 その雑誌は何年ものあいだそこに置いてあった。私が修理工場をたずねるのは年に一度か二度だったのだが、そのたびに『オートバイ』を手にとっては黒いバイクに再会した。そして少しずつ成長していった私は、ある時写真をながめるだけでなく、記事を読んでみた。するとその記事は、発売間近のバイクのテスト走行をスクープした写真だと知った。

 ホンダCB750の発売直後、カワサキはZTを発表し、国内販売を開始しようとした。ZTはCBをこえる900だったが、社会問題化していた暴走族や事故の多発で、国内販売は750までという不合理な規制がかかってしまった。そこでZTのナナハン版、ZUの開発がはじまったのだが、そのための公道テストをスクープしたものだった。

 撮影したのは高校生で、場所は名神高速だったと記憶する。バスで修学旅行中、明石にある川崎重工の工場から、テスト車が出ているかもしれないと予測して、窓際の席に陣取り、カメラをかかえて待ち、狙いどおりにテスト車をとらえたのだ。いまも昔も若者の情熱と集中力はすごい。大人になってしまうとこうはいかない。

 スクープ記事はテスト車の完成度の高さを指摘して、発売が近いはずだと結んでいた。

 ZUがカッコいいと思った子供の私は、バイクの機能美に惹かれたのだ。工業製品のうつくしさに。思えば機能美にひかれた最初の対象ということになる。カッコいい車はたくさんあった。たとえば工場の前にとめてある、真紅のオープンカー、フェアレディーZ。しかしカッコいいと思っても足をとめて見つめたりしなかった。車の雑誌をめくっても、バイク誌でも、ほかにZUほどひきつけられたものはない。ZUは特別な存在で、どこの誰とは知らないが、私はデザイナーを尊敬している。


街角に停まっていたZU改

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