9月日12(金) 百聞は一食に如かず

 

 神川キャンプ場の朝

 

 5時40分に起床した。昨夜も寝ていて寒くなり眼が覚めてしまった。こんなときのために手元にジャケットをおいていたのでそれをかぶって眠ったのだが、次に足が冷えて起きてしまう。よく見るとテントのサイドがスクリーンにしたままで風が入っていたから、ファスナーを閉めて寝直したのだった。

 朝食のラーメンを作って食す。10代のサイクリストはもう起きていて挨拶をかわした。彼のシャイな会釈が好ましい。ミニベロ氏と黒人青年はまだ寝ているが、よく見るとミニベロの後輪がパンクしている。晴れているが天気予報によると台風はほとんど動いておらず、まだ沖縄近くにいて、昼すぎにその沖縄が暴風雨域になるそうだ。そして今日も南九州は晴れで北九州は雨なのだそうだ。

 ミニベロ氏が起きてきてパンク修理をはじめた。すぐに直るだろうし、そうでなければ黒人青年が手伝うだろうから、声はかけずに撤収を開始する。10代のサイクリストは朝食をとらないで出発するようだ。もしくはもう何かを食べたのか。いずれにしても静かにキャンプ場をでていく。黒人青年は起きてこない。ミニベロ氏は修理に手間取っていて、作業が得意でないことはわかったが、お節介せずに私も出発する。携帯のバッテリーがなくなってきたので充電をセットし、まずローソンでゴミを捨て、明日の朝食用に袋ラーメンを1個100円で買い、7時に走りだす。むかうのは昨夕通ってきた、南にある根占のフェリー乗り場である。

 走っていくと10代のサイクリストをぬいた。彼は佐多岬にむかっているのだろう。すぐに根占のフェリー乗り場についたが、人も船もなくて閑散としている。これはダメだと思いつつも時刻表をみると、最初の船は9時発で、2時間弱も待たなければならないから、このフェリーを使うことはやめて、同時に薩摩半島も諦めることにした。

 国道を来た方向にもどっていくと、さっきぬいた10代のサイクリストがやってきた。また彼と会釈をかわしてすりちがう。神川キャンプ場の横を走りぬけるときにミニベロ氏を見ると、まだ修理を終えることはできなくて、はずしたチューブを持ってトイレに歩いているところだった。パンクの穴がみつからなくて、水につけて探すつもりなのだろう。黒人の青年はまだ起きていなかった。

 左手に錦江湾を見ながらすすんでいくが、やがて対岸は遠くしりぞいて、朝日を反射するおだやかな海がひろがった。左手にあるのは、見はるかす海ばかりで、ほかにあるのは空だけで、広々としていて清々しい光景だ。背後を振り返れば開聞岳が、前方には桜島が見えてくる。すすむにつれて桜島は大きくなっていき、対岸がまた近づいてきて鹿児島市街が見えてくる。静かな美しい海と桜島のある鹿児島はよいところだと思う。

 

 桜島

 

 桜島まで22キロの垂水で、桜島のバランスがちょうどよいと思い写真をとる。これ以上近づくと桜島が大きくなって画面に入らなくなるし、これ以上小さければ迫力がでないと感じられた。錦江湾には無数の養殖筏が浮かんでいる。何を養殖しているのだろうか。そして空は快晴である。私の心も晴れわたっていたが、エンジンが不調になってしまった。信号待ちでとまっているとアイドリングせずにエンジンがストンと切れてしまうのだ。これは冬場によくでる症状なので驚きはしないが、信号待ちのたびにストールするから、アクセルをブリッピングしなければならずわずらわしい。そのうちクラッチを握っただけでエンジンがストップするようになってしまい、鹿児島にバイクを残して帰ることになるのではあるまいなと不安になった。長いあいだエアー・クリーナーの掃除をしていないから、空気の入り具合が悪いのだろうかとも考える。どこかでエレメントを洗えば回復するだろうか。それとも充電システムが負担になっているのか。充電をはじめるとエンジン回転にムラがでるように感じられたのでそう思ったのだが、いずれにしても困ったなと思っていると、チョークを引いたままにしていることに気がついた。朝エンジンをかけたときにチョークを引き、そのまま走りつづけていたのだ。チョークをもどせばいつものDRとなり、エンジンは快調にアイドリングをするから私の単純ミスだが、それでも走ってしまうDRの信頼性の高さに逆に感心した。年をとって疲れているというのに、やるじゃないか、相棒。

 国道220号線の佐多街道を北上し、国道224号線に入って桜島の外周をたどっていく。噴煙をあげる桜島を仰ぎ見つつ走るが、桜島の周囲は危険で住めないと思っていので、人家がたくさんあることが意外だった。家だけでなく学校もある。畑はなおのことある。降灰時スリップ注意、という看板もあるから、多少の降灰は地元の方にはなんということもないのだろう。灰だけでなく、火山性の石などをよける屋根のついた避難所もあり、私にはとても怖く感じられるが、地元の人が暮らしているのだから、必要以上に恐れることもないのだろう。

 

 桜島から鹿児島を見る

 

 桜島の中腹にある湯之平展望台にのぼっていく。展望台の眼下には近代都市の鹿児島市街と美しい錦江湾がひろがっている。桜島の解説があり、火山の降らせる火山灰は水はけのよい耕作地となり、桜島大根やみかんなどの果樹栽培に適しているとある。生産性も高いのだそうだ。

 桜島ー鹿児島間はフェリーが往復している。所要時間は45分とのことなので、対岸にわたろうかと思う。しかし行ったとしても見られるのは鹿児島市街だけだから、ほかにも見所の多い薩摩半島は次回にとっておくことにした。それにしても鹿児島ー桜島間は見るからに近い。錦江湾もおだやかだから、橋をかけようという地元の願いも看板に示されていて、技術的には十分可能だと思うが、経済性はどうだろう。船で45分、錦江湾を車でぐるりとまわっても数時間なのだから、地元の人間ではない私は、橋はいらないと思う。

 展望台からビルが林立する鹿児島市街と錦江湾を、一瞬よりも少しだけ長いあいだ見つめていると、ホンダCB750がやってきた。昔のCBX1000の赤とそっくりなカラーの好ましいニュー・モデルである。ライダーは私と同年輩か、少し下か。ホンダのナナハンをえらぶライダーはグッドライダー、正統派のバイク乗りなのだろう。私もホンダは嫌いではないが、もしもナナハンを買うならカワサキにすると思う。アウトローの匂いのするカワサキに。よき社会人としての生活をおくっているから、バイクに乗ったときにはふだんとは別の人間になりたいではないか。でも、次に買うのは、やはりDR650だと思うが。

 CB750氏と入れ違いに展望台をおりて、CB750のタンクバックを見ると、『気をつけて行ってきてね、○○子』のメモがあり微笑した。9時に展望台を出発し、道の駅桜島にいく。さつま揚げを送りたいと思っていたのだが、チープな品しかないし、店員の愛想もないから店をでる。日差しが強くなり暑くなってきた。桜島は大観光地でホテルにレストラン、みやげもの店が立ちならんでいる。そしてフェリー乗り場にはたくさんの車がとまっていた。どうやら自家用車をここにおいて船で鹿児島市街に通勤しているようだ。

 桜島の北の外周をいくと、港で老人がひとり釣りをしていた。麦藁帽をかぶり、椅子にすわっておだやかに竿先を見ている。どうやら底釣りをしているようだ。港に釣人がひとりというのは首都圏では考えられないが、その先の港でも若者がひとりでルアーを投げていた。エビのルアーでイカを狙うエギングをしているようだが、じつに空いている。ここに住めば堤防釣りだけでなく、中古のボートを手に入れておだやかな錦江湾に漕ぎだすことも可能で、釣り三昧の生活ができそうだ。桜島に住んで鹿児島市街を見て暮らすか、それとも鹿児島に家を持って桜島をながめて日をおくるか。どちらも想像力を刺激されるライフ・スタイルだ。鹿児島で働いて休日は錦江湾で釣りをするというのは、ある意味では理想的な暮らしだろう。しかし刺激が少なすぎるから、私には無理だ。

 

 噴火で埋没した鳥居

 

 大正時代の桜島大噴火で埋没した鳥居を見学する。道路脇にあるのだが、看板の位置が悪くて、先の関係のない道に入ってしまい、間違いに気づいてUターンするが、狭い道なのでハンドルが切れ込んで危うく立ちゴケしそうになってしまった。なんとか立て直したが、もどっていくとこの道にCB750も入ってきたから、私が判断を誤ったのではなく、看板が悪かったのだ。

 桜島の外周を走りきり、国道220号線にもどると、脇道から軽トラが私の前に入ってきた。入りかたが少し強引だったのはよいとして、この軽トラのドライバーはタバコを吸っていて、そのタバコを窓の外につきだしては、灰をポンポンと落としているのだ。バイクの私が後ろにいるというのにである。あまりにも失礼なのでホーンを鳴らした。すると軽トラの男はーーこれまた私と同年輩だーーなんだろうという表情で、びっくりしたような、おびえたような顔でスピードを落とし、ミラーでこちらを見ているから、軽トラを抜いて左手を横にだして、タバコの灰をポンポンと落とす仕草をして、タバコの灰を落とすなよと注意して先へいく。軽トラは速度を落としたままでずっと遅れていったが、突然スピードをあげて追い上げてくる。タバコの灰を落とすな、という合図がわからなかったのか、それとも承知の上での逆切れか。猛スピードで迫ってきて、背後にピッタリと着いたからどうするつもりかと思ったら、私の直後にいたのは一瞬だけで、道の駅『たるみず』に入っていったから、ここの関係者のようだ。なんだよと思うが、タバコはマナーよく吸ってもらいたい。バイクが後ろにいるのに灰を落とすなどもってのほかである。

 『展望いいルート』とTMにでている県道479号線で内陸にむかうが、この道は錦江湾が少しだけ見えるだけだから展望はよくない。国道504号線に入って北上し、牧之原で国道10号線に接続したいのだが、ここの表記がTMは正確ではないし、案内板も間違っている。国道10号線を反対方向の都城にすすんでしまい、進路がちがうことに気づいてUターンするが、ここでルートを失ったのは私だけでなく、あのCB750もとまってTMをひろげていたから、私の読図が悪いわけではなかった。

 県道をつないで北上し霧島神宮にむかう。ごくふつうの山林が神宮に近づくと急に神域らしい森になるから不思議だ。11時30分に霧島神宮についたが、駐車場にはたくさんの車や観光バスがとまっていて、観光客もたくさんいた。このところほとんど人のいないところばかりを走っていたから、私ひとりが遊んでいるような気がしていたのだが、なんだ皆も休んでいるんじゃないかと安心したりする。私が人のいかないような土地ばかりをまわっていたわけではないと思うから、やはり四国・九州は観光客の絶対数が少ないのだろう。しかし私ひとりが休暇をとっても何の問題もないのに、人が観光しているのを見ると安心するというのは、かなりの働き蜂症候群だと思われた。

 

 さざれ石

 

 霧島神宮では何よりも先に『さざれ石』を見たいと思っていた。君が代にでてくる『さざれ石』である。ここにあると聞いていたのでどんな石なのかと興味津々で、眼にするのを楽しみにしていたのだ。その『さざれ石』は神宮の入口にあって、一抱えほどの大きさの、表面に玉石がびっしりとついた姿の石だった。『さざれ石』はふたつあり観光客が取り囲んで見ている。私も近づいて観察し写真をとって説明を読むが、観光客はあまり関心がないようで長居しないから、すぐに私だけになった。

 『さざれ石』とは石灰岩が土中で乳状液をだし、周囲にある小石をひきつけて固め、一体となり、しだいに大きくなっていく石なのだそうだ。大きくなるのに何百年もかかり、それがさらに苔むすまでにはとてつもない年月がかかるから、それはめでたい石なのだそうだ。さざれ石がどんなものなのかわかり、君が代の内容についても理解が深まったが、さざれ石はこの地の特産なのかと思ったらさにあらず、この石は岐阜の揖斐郡の産なのだそうで、天孫降臨伝説のあるこの地域でとれる石だとばかり思い込んでいたので、なんだか騙されたような気分になってしまった。

 

 霧島神宮

 

 壮麗な霧島神宮を参拝する。5円のお賽銭を奉納し、杉の大木の神木や坂本竜馬が新婚旅行に来た地だとの説明を見て、やけにカップルが多い観光客をながめやり、駐車場にもどって昼食はどうしようかと考える。TMをひらいてみると、南にあるレストラン『黒豚の館』に書き込みがしてある。ガイドブックに紹介されていた内容を私がメモしてきたものだが、四国の足摺岬のレストランと同様に、その行為が無駄にならないように、進行方向とは逆になるのだが、ここにいくことにした。

 県道60号線を南下していくとガスが少なくなったので給油をした。22.92K/L。167円と安く2415円。このGSで『黒豚の館』までの距離をたずねると、ロイヤルポークですね、と別の呼び名で、あと7キロですよ、と教えてくれる。こういうところはよい店だと予感していくと、すぐに黒豚の館に到着した。駐車場は混みあっているので、バイクを邪魔にならないところにとめ、こじんまりとした店内に入ると、平日だというのにほぼ満席だった。

 

 私の生涯NO1のとんかつ

 

 しゃぶしゃぶが名物らしいのだが、ランチメニューのとんかつ700円の値段に負けてこれを注文した。店の壁には芸能人のサインがたくさんならんでいる。旅番組で鹿児島県特産の黒豚料理を紹介することが多いようだ。それだけテレビで取り上げられているわけだから期待できそうだと思っていると、注文したとんかつが運ばれてきた。さっそく食べてみるとじつに美味しい。これまで食べてきたとんかつのナンバーワンである。また豚汁もずばぬけて美味しく、これまた私の豚汁ナンバーワンだった。さらにお米もよいものを使っていた。ここは食事だけでなく肉を買いにくる人も多いから、地元の人を惹きつけてやまない人気店だった。

 黒豚の美味しさに感銘を受けたのでしゃぶしゃぶ肉を自宅に送ることにした。しゃぶしゃぶセットの4000円の品をえらんだが、送料別のつもりでいたら送料込みとのこと。送料が込みでは大の男が送るにしては少なすぎる量になってしまうから、送料はいくらかかるのか確認すると、1300円とのこと。すると肉は正味2700円分ということになり、やはり少なすぎる量だ。肉を増やそうかと思うも面倒くさいのでそのままとしたが、どこでも商品は送料別になっているから、もっとわかりやすくしてもらいたいと思う。それでも後日この商品を自宅で食べてみると誠に美味しいので、お世話になった方々への進物に利用してたいへん喜ばれたから、これからもいろいろと利用させてもらおうと思っている。ところで店の壁にあった芸能人の色紙のなかに、名前を忘れてしまったが、コック服でテレビにでているヒゲの料理研究家の書いた一文が眼にとまった。
 百聞は一食に如かずーーけだし名文である。追記。森野熊八氏であった。

 来た道を霧島神宮にもどり県道480号線でえびの高原にむかう。道は樹海のなかをいく細い山道で、コーナーの連続する山をのぼっていくと、すぐに駐車場にでた。ここは元の霧島神宮、古宮があった地だそうだが、環境維持費と称して金をとるから立ち寄らない。この付近は高千穂高原という名で、天孫降臨伝説の地だとのことだが、高千穂は宮崎にもあって、天岩戸神社を15年前に訪ねており、宮崎も天孫降臨伝説の地だとのことだったのだが、どちらが本当なのだろうか。それとも時代がずれているだけでどちらも本物なのだろうか。

 県道1号線に入って高度を上げていくと、赤松の林の高原、えびの高原に到着した。赤松の高原は珍しく独特の景観だ。高原にはピクニックにきた家族連れなどがたくさんいるが、ひとり旅のライダーの私が足をとめるような雰囲気ではない。みやげもの店でトイレだけ借りて先にすすもうと思うが、このトイレの鏡にうつった長旅に疲れた自分の顔を見ると、旅に倦んでいる気持ちがいきなり立ち上がってきて、心を満たした。

 ひとつの目的地についてそこを見学し、また次の観光地にむかうという連続に飽きを感ずるのだ。旅に倦んでいて投げ出したくなっている。いつもの貧乏性のバイタリティーがなくなり、放浪への意欲がわかない。いっそこのまま高速にのって帰ってしまおうかと、また考えてしまう。しかし好きでここまでやってきて、やりたくて放浪をしているのだから、途中でやめたくはない。

 旅に飽いているのに、旅をやめたくはない。放浪をつづけたくないのに、途中で投げ出すのは嫌なのだ。

 旅に倦んでいるが、やめたくはないというのが結論だった。旅に飽いた心を放浪にむけなおそうとするもそうできず、そのままにして走りだす。これからの日程を考えると、休みは月曜日までだから、金曜日の今日と明日はこれまでのように流れていくとしても、明後日の日曜日には、高速で東に帰りださないとならないだろう。

 雲は多いが晴れているから雨の心配はないようだ。天気予報どおり南九州は晴れで北九州は雨なのだろうか。ツーリングに出る前は欲張って、九州をでたら山口県の響灘沿いに北上し、日本海にでて、青海島や益田、山口も立ち寄りたいと思っていた。しかし今はもうどうでもよい心境だ。いつもは未知の土地におさえがたい魅力を感じるのだが、今はそれがない。えびの高原も是非たずねてみたいところだったが、松の林があるだけでときめきは感じられず、落胆したのは意欲が減退しているからだろうか。高原にある不動池や噴煙をあげる荒々しいハゲ山の韓国岳にも惹かれないのだった。

 えびのスカイラインを北上するが、ここもふつうの山道でなんということもない道だ。途中にあった展望台に立ち寄ると樹海が見えたが、感興はわいてこない。ただ小林の町が見えて、ここが高校駅伝で活躍している小林高校のある地かと思っただけである。

 山を下って小林市をかすめて西にあるえびの市にむかう。東洋のナイアガラと呼ばれる曾木の滝にむかっていたのだ。曾木の滝の次は熊本方向にすすむつもりだが、今日のうちに宮本武蔵の洞窟を見られるだろうかと思う。そして今夜はどこに泊まることになるのだろうかと考えて、場所選びが億劫に感じられ、また気持ちが沈んでいくのだった。

 えびの市の手前で職場に電話を入れた。長く休んでいるとなんだか悪いことをしているように感じられて、電話をすることが怖い。かけてしまえば何ということもないのだが、こんなことを感じてしまう私はやはり相当な働き蜂だ。今日は金曜日だから仕事場へ連絡するのもこれが最後で、旅の終わりを意識した。

 止まっていると暑い。走りだせば風があたってちょうどよく、ジャケットも着ていられるのだが、しばらく行くと左肩にスズメバチがあたり、タンクと太腿のあいだをすりぬけて落ちていったから、肝を冷やしてしまった。そして蜂がハイカットのブーツの中に落ちなかったよな不安になる。左足をそっと動かしてみると大丈夫だ。半死半生の蜂が靴の中に入ったら、どこを刺されるのかわかったものではなく、背筋が寒くなってしまう。これだから暑いといってもジャケットは着ていなければいけないのだ。

 

 田の神様(かんさあ)

 

 京町温泉をぬけて国道447号線に入って西にすすむと、田の横に石の座像がある。これがこの地方独特の『田の神様(かんさあ)』だと気づいて急停止した。えびの教育委員会のたてた説明を読むと、これはえびの市で2番目に古い田の神様で、1725年に作られたのだそうだ。一般的な田の神様と同じく神官姿をしているとのこと。田の横に神様を祀って豊作を願う気持ちが伝わってくる。田の神様の後ろにまわってみると、田の神様はえびの高原にむいていたので、神様の後ろ姿とえびの高原をながめてまた走りだした。

 国道447号線は細い山道となった。舗装林道のように狭いコーナーの連続となるが、山をくずして道をひろげる工事をしている。細いクネクネ道を広い直線道路にしようとしているのだが、山を切り崩してまで新しい道を作ることはないのにと思う。まっすぐな道路はクネクネ道の倍の速度で走行できてたしかに便利だが、費用がいくらかかってどのくらいの効果があるのか検証が必要だろう。因みに交通量は皆無だった。

 大口の町に入っていくとヘルメットの顎に大きな虫がガツンとぶつかってきた。その衝撃は今だかつてない大きなもので、頭をふられてしまうほどだが、スクリーンの先に一瞬だけ見えたのはオニヤンマで、トンボの王様の重量感はたいへんなものであり、王様の大きな顔が視野にのこった。

 

 曾木の滝

 

 大口の南にある曾木の滝には15時20分についた。さっそく滝を見にいくがこれは大きい。眼にすると一瞬立ち止まってしまうほど巨大で、見事な滝だ。さすがに東洋のナイアガラと呼ばれるだけあって、大分で見た沈堕の滝と原尻の滝を軽く凌駕する、格違いの大きさと迫力だった。視界に入りきらないほど大きいから、当然カメラのファインダーにもおさまりきらない。見るのも写真をとるのも右から左へ、またその逆へと、何回にも分けなければならない大きさだった。

 滝の周辺は公園になっていて、昔の発電所の遺構があったり、文筆の神が祀られている神社があって、お賽銭の10円を奉納したりした。歩いていると暑くて汗をかく。滝の1.5キロ下流に夏の水位が下がったときにだけ姿をあらわすという、曾木第2発電所遺構があり、新聞でそれを知って是非見たいと思っていたからバイクでいってみた。汗がとまらないからジャケットは着ないでいく。草いきれのする炎天の川沿いの道をいくが、第2発電所につづく道は残念ながらゲートが閉められていた。

 第2発電所はレンガ造りの明治の香りのする堂々とした建物だ。壁や屋根は落ちてしまい、一部が姿をとどめるだけだが、『幻の産業遺跡』と呼ばれている姿を見たかったので残念だった。ここも次に来るときの楽しみにとっておくことにして、熊本にむかうことにした。

 夏草の生い茂る川内川沿いの道で、またスズメバチがぶつかってきてはたまらないから、暑くて汗が止まらないのにジャケットを着た。走りだして風にあたり、汗が引くのを待つ、夏のツーリングである。大口の町にもどり国道267号線の人吉街道で人吉にむかう。人吉から九州自動車道に入るのである。その人吉に着くとここはやはり時速40キロの国で苛々させられるが、駅は和風のしっとりとした佇まいで、中心街も落ち着いた好ましい町並みだった。

 人吉ICから九州自動車道に入り、トンネルの多い山岳地帯をつきぬけていく。ETC割引のきく100キロ近く走り、高速をおりる直前のSAで今夜の野営地を決めるつもりだった。しかし雨がパラパラと落ちてくるし、なによりタコメーターの針がビンビーンと跳ね上がりだし、ダンスを始めたので、またバッテリー端子がゆるんだのかと思って、高速にのってすぐの坂本PAに入ることにした。

 17時10分になっていた。バイクをとめてバッテリー端子を点検しようとすると、ダッフルバックを固定していたストレッチコードがゆるんでいることに気づく。いつからこうなっていたのだろうか。このまま走りつづけていたら、テントとシュラフの入ったダッフルバックを落としてしまったかもしれないから、これは相棒のDRがタコメーターの針をダンスさせて教えてくれたのだろうかと思う。それはただの偶然だろうが、バッテリーの端子を点検するとなんともなくて、ダッフルバックをしっかりと固定しなおし、止まったついでにここでキャンプ地を決めてしまうことにした。

 TMと九州0円マップをひらいて熊本周辺のキャンプ場を物色する。0円マップには熊本IC近くの『ふれあいの森公園』という無料キャンプ場が紹介されているが、ここは要予約となっている。豊後大野のキャンプ場のように、役場の人間に泊まれるのかどうか電話するのは面倒だし、すでに17時をすぎているから役人は仕事をしていない確立のほうが高いと思われ、他をさがすと、ICでふたつ手前の松橋ICの東に、美里ガーデンプレイス・家族村というキャンプ場があった。ここは0円マップだけでなくTMにも載っていて、『設備充実、水と湖に囲まれた湖畔のサイト』とコメントされているから、管理もしっかりしていて安心して宿泊できるだろうと判断し、ここにいくことにした。

 タコメーターの針がビンビーンとダンスしていたので、DRの調子が不安だったが、100キロ、4000回転を超えなければその症状はでないのでーー何が原因だろうか、キャブだろうかーー90キロ、3500回転で走行し、松橋ICで九州自動車道をおりた。高速料金は夕方のETC通勤割引で半額の700円だが、100キロまで割引がきくのに、それに大きく足りない距離しか利用しなかったから、貧乏性としては割引がギリギリまで使えなくて不満だった。

 高速をでるとデイリーヤマグチがあった。買物をしたいと思っていたが、ここは力不足のコンビニというイメージを持っているので立ち寄らない。しかしこの先の山の中に何もないと困ると思い、Uターンして入店した。水とのどごし生、それに…‥大したものはなくて、ボイルしたイカの下足刺身を703円で求めたのは17時45分で、緑川ダムにあるキャンプ場に山をのぼっていくが、徐々に日は暮れてくるし、雨もポツポツと落ちてくる。こうなるといつもの不安がきざしてくるのだった。

 キャンプ場はどんなところだろうか。今夜泊まれないということはないよな。しっかりしたところだと思うが、どうだろう。またひとりではあるまいな。

 しかし何もないかもしれないと思ってデイリーヤマザキで買い物をしたというのに、山の中でもスーパーやコンビニはたくさんあって、その上この付近は馬刺が名産のようで専門店もあったから、今夜はボイルしたイカ下足などではなく、馬刺にしたかったと悔やむことしきりだった。馬刺は好物なので。

 暮れゆく山道をいく。日の色が夕焼け色になって風景が赤味をおびてきた。日の光も斜光となって私を急かせる。まわりの車は紅葉マークの軽が多い。あらためて注意してみると九州は紅葉マークばかりで、私が走ったかぎりでは若葉マークは皆無だった。

 すすんでいくと霊台橋という石のアーチ橋があった。夕暮れの薄暗い時間に見ても印象的な橋なので、明日の朝明るくなったらまたよく見ようと考えて先へいく。案内にしたがって国道からダム湖に入っていくとキャンプ場が見えだして、中年の男女が場内を散策している姿があり、入口についたのは18時20分だった。

 キャンプ場の入口には売店があり、そこのご主人が犬の散歩にでようとしていた。ほかに人影はない。私がバイクをとめるとその70をすぎたご主人が、
「キャンプすると?」と聞く。
「はい、そうなんです」と答えると、
「管理人はもう帰ったとですよ」とのこと。
 それでもご主人がキャンプ場の委託を受けているとのことで、宿泊の受付をしてくれた。料金の840円を払うとーーここも領収書はでないーー東屋に案内してくれて、ここは電気がつくから、この中にテントを張るとよいと教えてもらう。明るいとメモをつけるのに便利だからそうすることにして、
「シャワーはありますか?」とたずねると
「熊本には温泉がたくさんあるとですよ」と言い、これから家族で入浴にいくから、いっしょに車に乗せていってやろうと言ってくださる。それは申し訳ないから辞退して、温泉までの道順を教えてもらった
「ここはガーデンプレイスと言うんですよね」と聞くと、
「年寄りには横文字はわからんとですよ」と言う。「ここは緑川キャンプ場と言ったとです」

 キャンプ場の奥にあるバンガローにさっき見かけたふたりの男女がいるだけで、キャンプ場は無人であることを教えてもらう。そして鹿児島にいったのか、と聞かれる。行きました、と答えると、知覧は?、とたずねられた。行きたかったが時間がなくてまわりきれませんでした、九州は思ったよりも広いですね、と言うと、鹿児島は何をおいても知覧に行かねばならない、とおっしゃっていた。ーー知覧には神風特攻隊の基地があったので記念館があるのである。

 ご主人の小さなお孫さんが栗とトウモロコシの差し入れを持ってきてくれた。栗はむけないので辞退して、トウモロコシをかじりつつテントのインナーだけ東屋に張って、荷物を放り込み、何はともあれ風呂にいくことにする。DRで山をおり、霊台橋をすぎ、国道445号線に入って『元湯温泉かりまた』にいく。国道445号線は真暗な山道で、こんなところに温泉があるのかと不安になるほどだったが、国道218号線との分岐から3キロほどいくと温泉はあった。

 500円の料金を払って温泉につかる。施設は古いが清潔な温泉で空いていた。売店のご主人も家族といたが、九州をまわるには7・8日はいるとね、と言う。さっき私が知覧に行く時間がないと言ったからだ。手早く汗をながして休憩室に入りメモをつける。20時まで営業しているので19時50分までいたが、ご主人たちは先に帰り、残っていたのは私だけだった。

 ここは女子マラソンの野口みづき選手が利用しているようで、写真がたくさん壁に貼ってある。みづき選手を応援しています、と書いてあるかりまた温泉をでて、キャンプ場にもどっていく。また霊台橋の横をいき、国道からそれて真暗なダムサイトの道に入っていくと、人も車も走っていなくて、ライトの先に見えるのは黒々とした木々ばかりだから不気味だ。ライトをハイビームにして東屋にもどり、昨日買ったひやむぎを茹で、イカの下足でビールを飲みつつ夕食をはじめた。

 

 ひやむぎとイカ下足

 

 東屋の周囲にはロッヂやトイレが並んでいるから、TMに紹介されているとおりここは設備のよいキャンプ場だ。夕食はすぐに終わり、芋焼酎のおやっとさあを飲みつつメモをつけるいつもと同じ夜だ。ラジオの声に耳を傾けつつ、一心に文字を書いていると、背後に気配を感じた。振り返ると女性がいてびっくりする。女性はトイレからでてきたところだ。メモに集中していたし、ラジオもついていたから、女性が来ていたことに気がつかなかった。女性も夜のキャンプ場の一人歩きの途中に、男の私がいたから警戒して、忍び足でトイレにいったのだろう。
「びっくりした! トイレですか?」と大声をだすとーー黙っているとよくないと思い、わざと大きな声をだした。
「ええ」と女性は答えるが、あきらかに私を怖がっていて、「どうも」と続けるとキャンプ場の奥に小走りにいってしまった。そんなに怖いなら忍び足でトイレに行こうとせずに、男といっしょに来ればよいのにと思う。しかしそっちも怖いだろうが、こっちも恐ろしい。ロッヂにふたりが泊まっているのを知らなかったら、幽霊ではないかと思ってしまうところだ。しかしロッヂにトイレはないのだろうか。そんなこともないと思うが…‥、?。

 メモを書き終えたのでテントに入ってラジオを聞きつつ芋焼酎を飲んでいると、車がやってきてすぐ近くにとまった。誰かが車からおりてきてロッヂやトイレのまわりを歩きまわっている。ザッ、ザッと大きな、軍靴で歩くような足音がするのだ。なんだろうと思ってテントから出てみると、警備会社の車がきていて、さっき女性が出入りしたトイレ周辺の施設を見てまわっている。
「どうしたんですか?」と声をかけると警備員はこちらを見るが返事をしない。さっきの女性が私のことを無断でキャンプしているとでも通報したのかと思い、
「料金は払ってありますが」と言うと、
「心配しないでください。いつもの見まわりです」とのこと。しかし心配しないでくれと言われても物々しくて不安になるし、キャンプ代の領収書を受け取っていないことを思い出したりする。警備員は「また来ます」と言って車で走り去ったが、たしかに言ったとおりで1時間後にまた別の人間がやってくるから、
「お金は売店の人に840円、規定通り払ってあります」と告げる。するとやはり、
「心配いりません」と言って去っていくから毎日の巡回なのだろうが、これではゆっくり寝ていられない。その後も警備員はやってきていたのかもしれないが、もう眠ってしまった。

                                                         409.7キロ