9月19日 渋滞をかきわけて四国へ

 

 

 徳島の眉山から紀伊水道を見下ろす

 

 午前5時25分に東名の東京ICに到着した。シルバー・ウィークの初日である。渋滞するのは覚悟の上の高速利用だ。これから向かうのは四国である。2008年の四国・九州ツーリングと同じく、徳島県の鳴門北ICに一気に行くつもりだ。明日は日本一長い林道の剣山林道を走りたいから、今日は林道の入口にある月ヶ谷温泉まで行きたいと思っている。しかしそれができるかどうかはこれからの渋滞しだいだった。

 東名に入るとさっそく大井松田で渋滞19キロとでている。じつはゴールデン・ウィークにも車で家内と四国を旅したのだ。そのときも高速はETC1000円の影響で大渋滞していた。その大混雑を予想して、ゴールデン・ウィーク前夜に出発して東名に入ったのだが、御殿場からずっと混雑で、速度は50〜60キロまでしかあがらず、いたるところで停止してしまうほど車があふれかえっていた。滋賀県の草津PAくらいまでは行って仮眠をとろうと思っていたのだが、深夜の1時になっても名古屋に行き着けなくて、たしか新城あたりで仮眠をとった。そして翌日のGWの初日は、大阪から天王山トンネルを通って西宮名塩SAまで、50キロを越える渋滞に巻き込まれてしまった。50キロの渋滞は長く、辛く、トイレにも行けない大混雑だった。たぶん今日も同じような渋滞になると思ったが、バイクはすり抜けてゆけるから気持ちは楽だった。

 6時50分に海老名SAに朝食に入った。天ぷらうどんが食べたい気分でレストランに行くと、なんと580円もする。都内の立ち食い店の相場は350円だから馬鹿馬鹿しくて注文する気になれない。どうしようかと思ったら、そば・うどんコーナーの隣りは吉野家だった。牛丼(並)と味噌汁の430円の朝食にしたが、吉野家の牛丼を口にしたのは数年振りのことだ。米国産牛肉は食べないことにしているので吉野家も敬遠していたのだが、うどんが利用客の足元を見てあまりにも高いので、節をまげたのである。

 朝から混雑している海老名SAをでて、左右に分かれる東名の左コースをゆく。御殿場にむけて山をのぼってゆくと、左右のコースが合流する地点から渋滞がはじまった。そろそろ渋滞かと予想していたので、車と車の間をすり抜けてゆくが、ここからずっと渋滞だった。

 完全に止まったり、ノロノロと走ったりしている車の行列の中をすり抜けてゆく。速度は40キロから60キロくらいのときが多く、まれに80キロまでだせた。天候は晴れていて日差しが強くなり暑くなってくる。8時に静岡県の日本平PAで休憩し、Tシャツの上に着ていた長袖シャツを脱いだ。

 10分休んだだけで日本平PAを出発したが、大井松田ではじまった激しい渋滞は静岡ICまで続いていた。早朝から東名に流れ込んだ首都圏の車の先頭が、静岡ICという感じだった。静岡ICの先はノロノロと流れる渋滞となり、車はなんとか走っていたが、浜松と音羽蒲郡ではどうしようもないほど自動車がギッシリと詰まってしまっていた。車の方には申し訳ないが、微動だにせずに並びつづけている姿が壮観に感じられるほどの大行列だった。

 昨年は浜名湖で予備タンとなり、ガス欠になりそうになったのだが、今年はすり抜け走行なので燃費はよいと考えて、浜名湖SAで給油をしなかった。次のSAまで行けると確信していたが、それでもドキドキしてしまう。結果はリザーブにもならない状態で上郷SAについた。燃費は23.7K/L。132円で1855円。

 上郷SAは名神だが、新名神をつかったほうが数十分早く京都に着くとでていたので、ほんとうは新名神を利用したかった。しかし新名神方向の給油ポイントである刈谷PAよりも上郷SAのほうが近いから、ガスが不安で名神をえらんだのだった。

 上郷SAの先はしばらく空いたが、また渋滞がはじまる。断続的な渋滞で12キロ、10キロ、5キロなどと混雑がつづく。バイクの私はすり抜けて行けるから10キロの渋滞も10分ほどでぬけられるが、車だったら絶望的な混雑で、目的地には到底行き着けないものと思われた。

 そんな渋滞だからだろうが、すり抜けてゆくと1台の大型トラックが幅寄せをしてすり抜けさせまいとする。急に車体を寄せてきたので驚いて後退したが、またすり抜けようとすると嫌がらせをしてくるのだ。すり抜けは厳密にはマナー違反で誉められた行為ではないが、幅寄せは犯罪だろう。大きな車体に物を言わせて危険な暴力行為を仕掛けてくるのは、誠に卑劣だ。もしもライダーがパニック・ブレーキをかけて転倒したらどうするつもりなのか。怪我でもしたらどうするのか。それこそが望みなのか。強引に前にでたがドライバーは60くらいの男だ。前にでてしまうと、追ってもこないし、様子を見ているだけだが、下劣な人間性が露骨に感じられる悪質な人間だった。

 こんな下らない人間と関わりあうのは嫌だからさっさと先にすすむが、大井松田からずっとすり抜けてきて、何百キロにもわたって何万台の車をぬいたのかわからないが、その中に1台だけ悪意に満ちて、すり抜けてくるバイクが来たら嫌がらせをしてやろうと待ちかまえている輩がいるから、気をぬけない。これを読んでくれているあなたもどうかお気をつけください。

 昼時となったが、食事はGWに家内と利用した鳴門のびんび家でとりたいと思っていた。びんび家はツーリング・マップル(TM)にも載っているが、ガイドブックにも紹介されている格安海鮮料理店で、とても気に入っているのだ。この調子では店につくのは14時くらいになりそうだが、我慢して行くことにした。

 ところで今夜のキャンプ地が悩みの種だった。昨年利用した藍住町の役場近くにある無料のキャンプ場、「グリーン・スポーツ施設・緑の広場」をおさえとして考えているが、できればここには泊まりたくない。ここは利用者がほとんどいない野営場なのだが、どこか殺伐としていて、ひとりでキャンプをしているとなんだか心許なくて、ずっと緊張していないといけないように感じられ、ゆっくりと寛げないのだ。そこで料金はかかってもよいからキャンパーのいる落ち着いたところに宿泊したいが、鳴門、徳島、小松島、月ヶ谷温泉というルート上に選択肢はあまりなくて、しかも夕刻にどこにいるのか自分でもわからないから計画のたてようもなく、それが心のひっかかりとなっていた。

 菩提寺PAで一休みして走りだすと、あの幅寄せトラックがいる。私が休んでいるうちに先行していたのだ。一気の追いぬいて前に割り込むと、ドライバーは私の報復を恐れてスピードを落とし、車線変更もして私と距離をとろうとしている。なんというセコイ人間性だろう。そんなに恐がるなら最初から幅寄せなどしなければよいのに。逃げてゆくトラックをミラーの中で一瞥しアクセルを開けた。

 京都の手前から車は流れはじめた。GWには50キロ以上の絶望的な渋滞となっていた、天王山トンネルの手前から西宮名塩SAまでの区間も混雑はなくて、拍子抜けしたがそれでよかった。渋滞はなくなったがこの先が長かった。空腹だから早く鳴門のびんび家に行きたいのに、なかなか着かないから長く感じられたのだ。

 

 淡路SAから明石海峡大橋をのぞむ

 

 中国自動車道から山陽自動車道に入り、神戸淡路鳴門自動車道をとおって明石海峡大橋にいたった。昨年の9月と今年のGWにも来ているが、海峡にでると感激、興奮する。高所をゆく橋をわたってゆくと眼下に海峡が見え、多数の船が走っていて、道の先には淡路がひろがり、振り返れば神戸の近代都市があるのである。そのダイナミックな景観が心をわきたたせる。キターッ、と年甲斐もなく若者言葉を発しながら明石海峡大橋をわたっていった。

 空腹なので鳴門まで一気に走り抜けたいのだが、ガスが心許ないから海峡をわたった先にある淡路SAに入った。DRは時速100キロ以上で巡航すると燃費が大きく落ち込んでしまうので、どのくらい走行できるのかはかりかねるのである。

 淡路SAは混んでいた。車は駐車スペースがないほどでETC1000円の効果がでている。ETC1000円になる前の昨年の9月は、バイクは私の1台だけだったが、今日は何台もいるのもETC1000円のためだろう。せっかくなので明石海峡大橋と観覧車の写真をとってから給油をする。22.23K/L。130円で1693円。もう14時46分になっていた。

 淡路島を一気に駆けぬけてしまおうとしたが、思っていたよりも距離があった。通過するのに大した時間はかからなかったと記憶していたが、実際には57キロもあって、空腹なこともあり苛々してしまう。それでも右手に見える海には日光が反射して、鏡のようにまばゆく光っていた。輝いているのは海のごく一部で、そのほかは深いブルーだ。その光とブルーの海で多くの人がウインド・サーフィンを楽しんでいるのが見える。腹さえ減っていなければ相当に心にひびく美しさだったが、残念ながらそうならなかった。

 淡路島を110キロから120キロで巡航し、一気に走りぬけると大鳴門橋が見えてきた。この鳴門海峡も絶景だ。景色としては明石海峡のようにビルや都市が見えず、自然だけで、凝縮感もあるから、私はこちらのほうが好きだ。しかし今日は潮流の関係なのか、橋の下に鳴門名物の渦潮が見えないことが残念だった。そして台風の影響か海は荒れていて波しぶきが高く砕け散っている。そのせいか潮の香りが強かった。

 風はないが、『風強し、2輪転倒注意』の看板をながめつつ大鳴門橋をわたってゆく。もしもここで転んだりしたら、相当のトラウマとなって、バイクで橋をわたれなくなるのではなかろうかと思ったりした。

 すばらしい絶勝の鳴門海峡をわたり、15時30分に鳴門北ICで高速をおりた。料金は3300円と表示されている。ETC1000円と思っているので、あれ?、と思うが、本四架橋が1000円、それに東京料金650円、大阪料金650円が加算されているのだと合点がゆく。納得すれば東京からここまで走ってきてこの料金ならば安いなと感じたのだった。

 県道から国道11号線とつないでびんび家にむかう。店についたのはなんと16時だった。この時間でも食事をしている客は何人もいるから、やはり人気店だ。GWにはハマチの刺身に天ぷらのつくおまかせ定食2100円にしたので、今回は刺身定食1500円と、完成した料理がならべてある棚からスズキの焼き物600円をえらんでみた。

 

 刺身定食にスズキの焼き物

 

 料理は刺身なのですぐに提供された。まず刺身を食べてみると、コリコリで噛み切れないほど新鮮な天然物だ。魚種はわからない。しかしこれだけしっかりした刺身はなかなか口にできないものだ。つづいてスズキを筒切りにした焼き物を食べてみると、塩焼きだとばかり思っていたら素焼きだ。これでは味がないのでどうするのかと思ったらしょう油をかけて食べろという。しょう油なんかかけたりしたら、繊細な白身の味がしなくなっちゃうでしょう! 論外である。これでこの店に幻滅した。鳴門わかめを使った大きな椀のわかめ汁は美味しいが、覚めた眼で見ると、1500円の刺身定食も高く感じられる。それに調理も魚を刺身にするか、焼くか、煮るか、揚げるかで、凝ったものはない。鮮度はよいが素朴な漁師料理で、接客も同様に素朴だから、この店の料理を食べるために食事の時間をずらすことなどもうしないだろう。近くに来たときに時間があえば利用してもよいくらいの店に格下げになってしまった。

 びんび家を出たのは16時30分でそろそろキャンプ地が気になってくる時間だ。日没は都内で18時くらいなので、17時にはキャンプ場についていたい。ここから30分ほどのところに前述の藍住町の緑の広場はあるのだが、ここは避けたいので地図をひろげた。鳴門市の南の松茂町の海岸沿いには月見ヶ岡テント村があるが、ここは1泊2500円(?)と高いし7・8月のみの営業となっている。ほかには剣山林道入口の月ヶ谷温泉キャンプ場があるだけだが、そこまでは距離があるからこれからむかうと日が暮れてしまう。緑の広場か月ヶ谷温泉かーー。徳島では市のシンボルの眉山にのぼって眺望を楽しみたいと思っていたので、とりあえず今日のうちに眉山観光を消化してしまうことにし、眉山の山頂で今夜の野営地を決めることにした。

 国道11号線を南下して徳島にむかう。大河の吉野川をわたって徳島市街に入り、徳島のシンボルであり映画のタイトルにもなった眉山をめざす。眉山は昨年もたずねたのだが、そのときは景色は霞んでしまっていて、遠望はきかなかったのだ。さて今年はどうかと思うが、それより気懸かりなのが今夜のキャンプ地である。そこで眉山にのぼってゆく眉山パークウェイの入口にバイクをとめ、月ヶ谷温泉キャンプ場に電話をしてみた。電話番号はあらかじめ調べて地図に記入しておいたのである。電話で聞いてみるとバイク用の1泊1050円のサイトは空いているそうなので、その場で予約し、月ヶ谷温泉に泊まることにした。受付も20時くらいまでやっているそうなのでその点も心配いらなかった。眉山からなら1時間でつくと言われて電話をきった。

 

 眉山から吉野川を見下ろす

 

 狭いコーナーが連続する眉山パークウェイをのぼってゆく。眉山とはよい名前で、よくぞ名づけたものだと思う。眉の山、眉のように見える山。徳島の眉だろうか。山頂の駐車場にバイクをとめて景色をながめてみると、今年は霞んでいない。眼下には徳島の街と紀伊水道がひろがり、海の先には淡路島らしき島影も見える。眼を転ずると吉野川の流れを見下ろすことができた。ここから紀伊半島が見えることもあるそうだが、それは冬の空気が澄み切ったときのことだろうと思われた。

 キャンプ地は決まっているので心は安定している。日が暮れても月ヶ谷温泉ならば明かりもあり、キャンパーもいて心配いらないだろう。夕刻となり、斜光となった太陽の下で、眉山からの遠景を眼とカメラに焼きつけた。

 眉山を下って小松島に南下してゆく。月ヶ谷温泉へは小松島から県道16号線の山道を行くので、その小松島で給油をしておいた。21.18K/L。123円で668円。食事をしたばかりだが、夕食の食材を買うためにスーパーに入りたいが、ないのでローソンにはいる。パンとサラダ、地元の品らしき焼きちくわと水2リッターを求めて県道16号線に入った。

 暮れゆく県道16号線を行く。この道は山道で何もないと記憶していたので、小松島で給油と買い物を済ませてきたのだが、スーパーやGS、コンビにはいくらでもあった。昨年通ったというのに記憶は当てにならないものである。思うにこの先の剣山林道の山深いイメージと一体になってしまったのだろう。

 小松島からキャンプ場まで30キロである。真っ暗に暮れてしまった山道を地元の速い車の後についてゆく。眉山パークウェイのタイトコーナーを走るのも気持ちがよかったが、ほどよくカーブしてゆく山間の道をゆくのも心地よい。DRはどちらも得意なので、右に左にと切りかえしてゆくが、高速を110キロ、120キロで巡航したり、林道を走ることもできるから、とても汎用性の高いモデルだと思う。

 真っ暗な山道の連続をぬけてゆくと、18時50分にキャンプ場の入口に到着した。県道から川原にあるキャンプ場に下りてゆくところに、わかりやすい看板がでているから夜でも迷うことはない。キャンプ場の受付で料金の1050円を払い、温泉の場所をたずねると、対岸に見えている建物で、キャンプ客は500円の入浴料が250円になるとのこと。そしてライダー・サイトはいっぱいなので、オート・キャンプ・サイトをふたりで使用してくれとのことだった。オート・キャンプ・サイトは広いので、テントふたつなら十分なスペースだが、その相サイトになるライダーは遅くなりそうなのだそうだ。最後にたくさん用意してあるスノコを自由に使ってよいと言われて受付を終えた。

 

 テントの下にスノコを敷いた 後ろの建物は月ヶ谷温泉

 

 指定されたサイトはファミキャンにはさまれた広いオート・キャンプ・サイトだった。後からひとり来ることを考えて、ファミキャンの人と眼があわない位置にテントをたてる。マットを敷いてみるが、川原なので下が石ころだらけだ。これでは厳しいのでスノコを借りてきてテントの下に入れると、非常に快適になった。上の画像は翌日の朝のものである。

 19時10分に野営の準備は終了した。いつものことだが所要時間は10分ほどで、これで今夜の寝室兼書斎が完成したのである。なにはともあれ風呂に行くことにして、川にかかった橋をわたって対岸の月ヶ谷温泉に歩いてゆく。温泉につかって汗を流し、長湯せずに風呂からあがった。

 500mlで400円の本物のビールを買いーーそれしか売っていないからーーそれを飲みつつテントにもどってゆく。テントに入ると今日のメモをつけはじめる。ローソンで買ってきたサラダと焼きちくわをツマミとするが、まだ腹は空いていないのでパンは食べることはできなかった。

 

 今宵の夕食

 

 そのうち管理人さんがやってきた。相サイトになる方はまだ遅れていて、現在神戸にいるのだそうだ。これからだと着くのが夜中になりそうなのでよろしく、とのこと。しかしもう21時近いというのにまだ神戸とはたいへんだ。いったいどうして?、と問うと、あちこち通行止めで思うように走れなかったらしい。これも渋滞の影響のようだ。

 空には星がたくさんでていた。それは北海道の道北で見られるような、星屑をばらまいたような星空ではない。天の川も見えないが、それでも久しぶりに眼にする星の数だった。

                  

                                                        786.4キロ