2011年 北海道ツーリング 4日目 拓真館と男山 

 

 釧路駅前ホテル オーシャンのバイク置き場

 

 6時にミッキー君からメールがきた。雨なのでライダーハウスに泊まっているとのこと。お父さんはライハに馴染めているのかなと思ったが、後日聞いてみると大丈夫だったそうだ。天候は弱い雨。風は昨夜のように強くはない。しかし速度の遅い台風のせいで今日も一日雨降りの予報だ。台風はどこにいるのか聞きのがしたが、浦河では滝のように降るでしょう、だって。

 こんなに降るのは昭和56年以来だとテレビで言っている。昭和56年といえば私がはじめて自転車で北海道にきた年だ。あの時はたしかに雨がひどくて、鉄道や道路が寸断され、サイクリング・クラブのメンバーが集合するのに3日も遅れたことを思い出す。道東にいたメンバーは集合場所の札幌にいく手段がなくて、どうしようもなかったのだ。あの年と同じなのかと思うと、なんだか不思議な気分になった。

 せっかくホテルに泊まっているのだからと、必要もないのに朝からシャワーをあびた。貧乏性なもので。7時から朝食なのでぴったりにゆく。おにぎり、トースト、ソーセージ、コーヒーにインスタント味噌汁など、質素だが十分な品がならぶ。前述のように貧乏性だからしっかりといただくが、食事付きだとその時間にしばられて早く出発できないから、ないほうが性にあっているなと思ったりした。

 駐車場に荷物をはこぶが一度では終わらずに三度も往復した。これだけで汗をかいてしまう。荷物を積む前に伸びたチェーンを張り、雨の中を走ってオイルが切れているから注油をする。ちょうどオイルがなくなったからどこかで買わなければならなくなった。動いていると暑いが、走りだせば雨で冷えるだろうからヒートテックの上下を着込んでいる。8時19分にカッパをつけて出立した。 

 

 中札内美術館の遊歩道

  

 弱い雨の中をすすむと白糠で晴れた。路面もかわくが霧がでて海は大荒れだ。浦幌でまた雨降りとなる。道の駅で休憩し、これから道道のローカル・ルートをゆくから地図をよく見ておいた。

 南の浦河では滝のように降るそうだから北の帯広方向にいそぐ。これからむかうのは中札内美術館だ。国道38号線を北上して豊頃から道道210号線に入る。十勝川をわたるが広い河川敷いっぱいに濁流が満ちていて、ものすごい増水だった。

 ガスは十分にもつはずだが走行距離が伸びていくと残量が気になる。今回はバイクの調子が悪く、高速をエコ運転しても288キロでリザーブとなった。これまでは350キロは走れたのにである。それが今日は320キロをこえてもまだ予備タンにならない。それにずっと道道210号線をいけば国道236号線にでるはずなのに、なかなか到達しないから、道が正しいのか不安になった。

 地図で確認しようと思うがこんなときにかぎって雨足が強くなる。この雨降りの下ではTMを開けないから更に焦ってしまった。それでも道路脇の木の下のスペースをみつけて地図を見ると、ルートは間違っていないし、走りだせばすぐに国道にでたのだった。

 中札内美術館をさがしながら走ると小さな看板がでている。まさかこんなに小さいはずはないと思うが、通りすぎるときに念のために見てみるとそうだった。危うく通過してしまうところである。

 

 東大寺の蓮の襖絵

 

 雨の平日のせいか美術館の駐車場に車は数えるほどしかとまっていなかった。ここは六花亭の運営している施設で、広い林の中に何人かの画家の個人美術館が点在している。私は小泉淳作という画家の絵を見にきた。小泉淳作は少し前の日経新聞で『私の履歴書』という自伝を連載しており、それを読んで知ったのだ。小泉は日本画家で鎌倉の建長寺や京都の建仁寺に龍の天井画を、東大寺には襖絵をかいている。作風は不器用なほど生真面目で、自分の芸術性に妥協しないが、ユーモラスな味もあるものだ。

 

 双龍の天井画

 

 雨の中、雑木林を歩いて目的の美術館をさがす。遊歩道のような林の小径はよい雰囲気だ。樹林の中に様々な個性の画家の美術館をつくるというのは、六花亭の経営者のアイデアなのだろうが、すばらしい事業だと思う。テレビで人気になった大衆的で通俗的な富良野に対抗して、十勝に高尚な芸術の杜をつくったのだろうか。

 

 かぶ

 

 小泉淳作美術館についた。画家の初期の作品から最近の龍の天井画、東大寺の襖絵まで展示されている。細かいところまで全力で描きこまれた、濃密な作品は見ていると息苦しくなるほどだ。そこがこの作家の魅力であり、長く人気がでなかった理由でもあるのだろう。館内を三巡、四巡して外にでた。

 中札内美術館はすばらしい施設だが客は10人あまりだっただろうか。ミュージアム・ショップにも観光客はいなくてもったいないようだが、休日にはたくさんの人が集まるのだろう。

 中札内美術館をでて給油をする。24.6K/Lとこれまでが嘘のように燃費はよくなった。昨夜オイルを入れたのがよかったようだ。単価は140円。昼食は足寄の大阪屋にしたいのだが迷っていた。足寄の次は美瑛にいくつもりだから、帯広から足寄までの60キロをいってもどってこなければならない。往復で120キロだ。行くとすれば時間短縮のために高速をつかわなければならないから、それはいかにも効率が悪い。大阪屋のジンギスカンはそうする価値があると思うし、大阪屋のご主人と奥さんは高齢だから、いつ商売をやめてもおかしくなく、今回食べておかないと次はないかもしれずーーキャンプ仲間のボンさんにもアドバイスをいただいたーーなんとしても訪ねたかった。

 旅では行けるときに目的の場所を訪ねるべきだと思う一方で、特定の店の料理にこだわって遠回りをしないことを旨としている。時間をかけて食事にいっても、旅行の日程や効率を考えたらよかったと思ったことがないのが放浪の法則。足寄まで高速を利用すると往復で2300円かかり、時間も少なくとも3時間は必要だろう。となれば法則にしたがうことが理にかなっている。大阪屋は旅の後半にとっておくことにして、今日は近くにある『じんぎすかん白樺』にいくことにした。

 じんぎすかん白樺は2007年に利用しようとしたことがあった。平日の10時45分についたのだが、まだ開店前で、何時から営業するのか調べておかなかった気の短い私は、待つことをせずに他の店にいってしまったのだ。11時からなので少し待てばよかったのである。それ以来この店とは縁がないと思っていたのだが、相互リンクさせていただいているFukishimanさんのHP『オートバイの壺』を読んで、とても美味しいとのことで、是非ためしてみたいと思っていた。

 平日だというのに白樺の前にはたくさんの車がとまっていた。さすがは人気店である。車のナンバーは8割が地元で2割が観光客だ。メニューはシンプルだった。肉はジンギスカンとラム・ジンギスカンの二種類で、ほかはライスと味噌汁などである。肉の量は150グラムとのこと。少ない気もするが、ジンギスカンとラム・ジンギスカンの両方にすると300グラムになってしまうから、ラム・ジンギスカンとライス、味噌汁を注文した。

 

 じんぎすかん白樺のラム・ジンギスカン

 

 すぐにピカピカにみがかれたジンギスカン鍋ときれいに盛りつけられたラム・ジンギスカンがはこばれてきた。これを見ただけで美味しいのがわかるし、じっさいに食べてみても、うん、とうなずいてしまうほどの味だ。肉はごくわずかに羊の香りがするがとてもやわらかい。さまざまな部位をブレンドしてあると後になって聞いた。ライスにはキビが混ぜてあるそうだ。とにかくラムが美味しくて一気に食べてしまい、よほどお代わりをしようかと思った。これで830円は安い。近くに来たらまた必ず利用すると思う。

 

 雨の十勝平野

 

 白樺は道道55号線沿いにあり、そのまま西にすすんでゆく。この道は以前にも通ったことがある。左右に広大な畑がひろがっていて、十勝平野を実感できる気持ちのよいところなのだ。しかし今日は雨で霧もでている。晴天のときのように遠くまで景色は見えないが、それでも雄大な十勝平原の風景をたのしんだ。

 国道38号線にでて狩勝峠をのぼってゆく。霧で視界がきかず気温も低くなって手もかじかむほどだ。それでも追い越し車線を走行し、前を走る車を次々にパスしていく。霧の一段と濃い峠をこえると一気に山をおりていった。

 やがて雨はあがり路面もかわいた。すると視界は10倍にひろがったように感じられ、世界はまったく別のものになる。これがわかるのはライダーかサイクリストくらいだろうとまた思う。次の目的地は美瑛の拓真館だ。拓真館は写真館だがこれまで訪ねたことはない。macさんとcarrotさんが毎年ここでカレンダーを買っているとのことで、近くを通ることがあれば手に入れていく約束をしていたのである。

 富良野でまた雨が降りだしてしまう。しかし雨降りでもたのしい。放浪していられるのは最高に幸せなことで、こうしていられることを感謝しなければいけないと思う。それにしても美瑛は遠い。以前に上富良野の旅人宿の道楽館にキャンプ仲間と泊まったときも、遠いと思ったのだ。拓真館は道楽館の奥にある。

 道楽館のある深山峠についたが拓真館の案内がない。看板がでていると思っていたから困ってしまい、近くのレストランの方に聞いた。親切に教えていただいて道楽館の横をとおって美瑛にすすむ。夕刻になってきたから今晩は道楽館に泊まろうかと思うが、macさんのことを聞かれたら答えねばならず、それは辛いからやめることにした。

 

夕暮れの美瑛の丘

 

 深山峠から7キロ走ったところに拓真館はあった。丘と畑のただなかに忽然と清楚な洋館があらわれるのである。さっそく中に入るがここは靴を脱がねばならない。ブーツカバーをはずしてライディング・シューズをとり、カッパのズボンの裾で床を濡らさないように気をつかって館内に入った。

 目的のカレンダーを手に入れて館内の美瑛の印象的な写真を見てまわる。拓真館の方が美瑛の写真をとりだしたパイオニアのようだ。観光的にまったく無名だった美瑛の農地の美しさを発見した功績は大きいと思う。昔はただの畑に価値をみいだす人はいなかったし、いたとしても変人あつかいされたはずだ。もっとわかりやすいものでないと大衆は理解できなかったし、今でも開陽台から見える景色になにも感じ人もいるのだから。

 拓真館のまわりにはすばらしい風景の丘がある。私も景色に魅せられてバイクをとめて写真をとった。夕暮れのせまる人気のない丘。大地と空しかない空間。くもった空に雨に濡れた道路。まだ宿泊場所の決まっていない不安定な気分。そしてmacさんのことを思い出す。道楽館に泊まった翌日、macさんはノートPCで天気予報を見ていた。道北以外は雨の予報で、macさんとcarrotさん、それにともさんは音威子府の黒いそばを食べにいったのだ。そばは美味しかったのかまだ聞いていない。私はいつものように欲張って、大雨と霧の襟裳岬にむかい、3人に心配をかけたのだっけ。

 美瑛から道楽館にもどってきた。やはりここに泊まっていこうか。時刻は17時だ。泊めてくれと宿主のソットーさんにたのめばたぶん大丈夫だと思う。でも、やめておいた。ソットーさんも常連客だったmacさんとcarrotさんのことを心配しているはずだから、私に会えばいろいろとたずねるはずだ。私はそれに答えたくない。誰かに話せるほど心の整理はついていないから。

 旭川に北上していく。弱い雨が降っている。バイクが次々にやってくるが彼らはどこに泊まるのだろうか。雨降りなので旭川のビジネス・ホテルにいこうと思う。駅前に行けば格安のホテルがあるだろう。

 17.5℃、18℃と涼しい空気の中を走り旭川についた。旭川は大きな街だからホテルもたくさんある。しかし釧路のように安い値段を提示しているところがないから、どうやって選んだらよいのかわからない。そこでこれまでやったことはないのだが携帯で検索してみることにした。すると最安のホテルは1泊5000円だ。高いなと思うが、この時間だし、旭川で飲みたいので、携帯でみつけた『ホテル・メイツ・旭川』に宿泊することにした。

 

 ホテル・メイツ・旭川

 

 昔は旅にでられるだけで幸せだった。キャンプをしているだけで満足だったのである。それが今はホテルに泊まって飲み歩きたいと思うようになったのだから贅沢になったものである。それだけ年をとったということなのだが。

 ホテル・メイツ・旭川は駅前にあった。宿泊料金をしめして客を呼び込もうとしている、私のもとめていた、地元のネームバリューのない、価格で勝負するホテルだった。

 バイクはホテルの駐輪場にとめることができた。部屋に入ってシャワーをあびる。今日も雨と寒さの中を一日走ったから、暖かい湯で体をながすと声がもれるほど心地よい。ホテルに泊まってよかった。髭が伸びてきたがそらない。放浪にでると気分を盛り上げるためにそうすることにしている。髭を伸ばすことは日常では許されないことなので、これは非日常を楽しむための自己演出なのだ。

 19時前にホテルをでた。旭川ではいってみたい店がふたつあった。ひとつはライダーにも人気の馬場ホルモンで、もう一軒は非常に評判の高い大黒屋だ。どちらにしようか迷ったが、評価の高い大黒屋にいくことにした。じつはこのときまで大黒屋はホルモンの店だと思っていた。それがついてみるとジンギスカンの店舗で、これでは昼と同じメニューになってしまう。それはどうかと思ったが、客が入りきれずに行列しているのでここにすることにした。

 

 大黒屋のジンギスカンとサラダ

 

 私の前に4人待っていたが運よく5分ほどで席につくことができた。まずは生ビールをたのんでメニューを見ると、肉は生ラム、ハーブラム、骨つきラムの三種類となっている。ひとりでふたつは食べられますとのことなので、生ラムとハーブラムをお願いした。

 生ラムが運ばれてきた。肉はミディアムで食べられるので、焼きすぎないでくださいとのこと。ラムをミディアムでいただくのは初めてだったが、とてもやわらかくて臭みもまったくない。タレも美味しくてこれまで食べたジンギスカンで最高の一品だった。

 隣りの人がトマト・スライスの上にきざんだタマネギなどののった、とても凝ったサラダを食べているので、私は梨と水菜とあさつきのサラダを追加した。つづいてハーブラムが提供される。これはラムにハーブと塩コショウがふってあり、焼いてタレをつけずにたべる。スパイシーで美味しいが私は生ラムのほうが好みだった。

 ビールからレモンサワーに切り替えてサラダをたべる。水菜とあさつきの上に梨の千切りがのっているのだが、それらをいっしょに口に入れると梨の瑞瑞しさと甘さがアクセントとなって驚きの味覚だ。このアイデアはすばらしい。昼に利用した白樺も美味しかったが、大黒屋のほうが一枚上だ。肉の質もよいしサラダなどのサイドメニューもお洒落で充実している。料金も2570円と安いからここはおすすめだ。

 

 居酒屋 ユーカラ

 

 腹はいっぱいだがまだ飲み歩きたい。肉は食べたから次は魚だ。大きな看板をだしている『ユーカラ』という居酒屋が気になるが、すぐには食べられないから少し休むことにし、ショット・バーをさがすがないのでドトールに入った。

 コーヒーを飲みながらメモをつけていると隣りの女子高生の会話が聞こえてきた。旭川で就職したいがなかなか決まらないと話している。札幌には職はあるが、ひとり暮しをして働くのは怖いから嫌だと。知っている人のいない土地にはいきたくない、とも。旭川のような大きな街の子もそう感じるのだろうかと思う。旭川も札幌もそんなに変わらないと思うし、私なら東京にいくな。

 

 宋八ガレイと男山

 

 小一時間もメモをつけていると腹も落ち着いてきた。ユーカラにゆく。いらっしゃい! と威勢のよい声にむかえられて店に入り、カウンターに腰をおろした。粋青という酒がおすすめだと女の子が言うのでそれと、珍しいホッケのルイベをたのんだ。

 ホッケのルイベは初めてだったが脂がのっていていけた。氷ったルイベがとけて食感が変わっていくのがおもしろい。ユーカラは炉端焼きの店なので宋八ガレイを焼いてもらうことにし、粋青を飲み終えたので次の酒をえらぶ。日本酒のリストを見ると男山があるので迷わずこれにする。2007年の北海道ツーリングでは、上士幌の航空公園でmacさんとcarrotさんの落ち合ってキャンプをした。そのときmacさんが旭川の蔵元で買ってきたという男山をふるまってくれたのだ。あの酒はグレードの高いものだった。それを思い出しながら男山を冷やでやる。男山、今夜飲むのにふさわしい酒だ。macさんと飲んでいるような気持ちになった。

                                         362.2キロ