ある放浪者の半生 V.S.ナイポール 岩波書店 2002年 2500円+税
インドの被差別階級出身の青年が自分の居場所をもとめてさまよう物語である。
インドのカースト制度で差別されて育った主人公が、母国からのがれてイギリスに留学し、そこで知りあったアフリカ女性と、彼女のアフリカの植民地にある生家にながれていくストーリーである。主人公は18才でロンドンに渡り、そこで数年生活して、アフリカで18年をすごしてヨーロッパにうつるのだ。
タイトルを見てこの本は読まねばならないと義務感をおぼえて手にとった。当HPのタイトルを考えれば読まずばなるまい。作者はノーベル賞作家とのことだが、書きだしはひどく読みにくいものだ。父親が主人公である息子に、自分の生い立ちを語るのだが、訳が悪くてじつにわかりづらい。複雑な内容だから訳者の苦労も想像できるが、意味のとれないところがたびたびあり、前にもどって読み直すこともしばしばである。
父親は息子に、自分の父のことを語るのに、じいさんと、おやじの2種類で呼んでいる。原作がそうなっているのだろうが、翻訳書を読んでいる読者としては混乱してしまう。この種の直訳めいた文章が多く、文章のつながりも悪くて辟易させられた。内容も面白くないので、投げ出すことに決めたほど。しかしたまたま外出中で、ほかに本がなかったから、活字中毒者の悲しい習性でつつぎを読んだのだが、それが幸いして父親の話から息子の物語にうつってストーリーが展開しはじめたから読み通せたのだった。したがってこの本を手にとった方は、序章と言える『サマセット・モームの訪問』の章がつまらなくても読み続け、つぎの第一章まで投げ出すことは待つべきだと思う。
主人公の物語になるとテンポもよくなり、内容もおもしろくなってくる。訳もこなれてくるから出だしと訳者がちがうのではないかと思えるほどだ。主人公は差別される社会からのがれたくて異境にいく。そこで様々な体験をして大人になっていくから、一種の成長物語とも青春小説としても読める。カースト制度の過酷な差別や、外国人から見た英国の姿や、植民地の現実など興味深い内容である。しかしアフリカの章はあまりにも長すぎてバランスをくずしていると思えるし、飽きてしまうものだった。
訳者のあとがきを読むと内容がより理解できるが、それならば訳注をつけてくれればなおよかったと思う。