ベルカ、吠えないのか? 古川日出男 文芸春秋 2005年 1714円+税

 冒頭に、ボリス・エリツィンに捧げる、おれはあんたの秘密を知っている、とある。

 ベルカ、とは旧ソ連がロケットで宇宙におくりだし、史上はじめて宇宙空間から生還した犬の名前である。雌雄二頭の犬の雄の名だ。ベルカは軍用犬であり、この本は軍用犬をモチーフにした小説である。

 物語は史上初で最後、米国が領土を奪われるところからはじまる。とったのは日本だ。真珠湾攻撃の直前、日本軍は米国の注意をそらすために、アリューシャン列島の小島をふたつ占領した。このとき軍用犬を帯同したが、島には米国の軍用犬もいて、日本軍の所有となった。

 もともと陽動が目的だったので、米国がまきかえしてくると日本軍は撤退してしまった。犬を残して。無人の島で、日本の樺太犬と米国のシェパードのあいだに生まれた子孫を追っていく物語である。

 彼らは米国からカナダ、ソ連へとひろがっていく。米ソ冷戦の時代にはいり、双方の軍用犬となり、さらに拡散していく。中国、ベトナム、メキシコへ。

 作者は軍用犬をつかって冷戦の歴史を語りたかったのだろうか。

 出だしは印象的だ。読者の心を強引につかみ物語にひきこんでしまう。しかしその直後に12才の少女が登場し、この子の台詞が最近の下品な子供言葉で落胆させられる。作者はそれにリアリティーを感じているのだろうが、私は好きになれない。

 やがて物語は説明だけで進むようになる。無理があると感じる設定も、上滑りしていると思える展開も、強引な説明だけで押し進めていく。言葉をえらぶ繊細さもおちているようだ。犬の吠え声、うぉん、うぉん、もたくさんはいっていて漫画のように感じる。

 説明ばかりで強引だと退屈になってくる。前作からみると、その傾向がすすんでいる気がする。このままいけば、作者だけの、独りよがりの理屈と筋立てを述べたてる、読者のことを考えない作家になりそうな懸念をもった。それでも読者をはなさない理屈であればよいのだが、そうでもない。

 アラビアの夜の種族であらためてその才能に魅了され、サウンド・トラックではあまりのできの悪さに呆れ果てた。この作品を読んで、次作を楽しみにまつ気持ちは失くしてしまった。次作が発行されてもすぐには手にとらないだろう。ほかに刺激的な作家、作品は無数にある。

 ラストは展開が急になり、ふたたび力量を感じさせておわる。ただのエンターテイメントとしてみれば平均以上である。しかしこの作家にはもっと高いものを求めてしまう。

 
 

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