美神との戯れ 中村真一郎 新潮社 1989年 1262円+税
70才の画家が女性遍歴をかさねながら、様々なことに思いをはせるエッセイ風、私小説風の作品。
主人公は作者と年齢の重なる芸術家である。読者としては作者の分身のように感じて読んでしまうが、それはまちがった読み方で、あくまでこれは作り物の小説なのだろう。
主人公は都内でバレリーナの妻と暮らし、ときに友人の好意で使わせてもらっている熱海のフラットで制作をする。そして仕事で全国各地をまわり、昔から関係のつづいている女性たちとの逢瀬ーー美神との戯れをしていくのだ。
その間に思うことは、身近に迫った死のことであり、若き日の女性たちとの美しいまじわりと、その瞬間に眼に焼きついた空の青さや、女性の肌のきらめき、そして画家としての仕事の芸術的な自己分析である。
全編をおおいつくすように書かれているのは、主人公と女性たちとの睦み事で、その美神との戯れは、現在から過去へ、またその逆へとうつろって、饒舌にエロスと芸術を語っていく。
作品の意図は後書きで作者が詳しく述べている。もともとエロス小説を好んで読んでいた作者はーー海外物から日本の古典の色好みのものまで網羅していて、とくに日本のエロティックな古典文学の案内に『王朝物語』という本まで上梓しているほどーー官能は美であり、死からのがれる方であるとしている。
編集者の宣伝の意もあって、我がポルノグラフィー、と副題がつけられたそうだが、アカデミックなエロス小説の外套をまとった、作者の官能、すなわち美への追求、賛美なのだろう。