冬の犬 アリステア・マクラウド 新潮クレストブック 2004年 1900円+税

 ひとつひとつの短編を読み終えると、動けなくなってしまう短編集。

 本書は「Island」という作者の短編集を、日本向けに『灰色の輝ける贈り物』と『冬の犬』にわけて出版したもので、『灰色の輝ける贈り物』が上巻にあたり、本書は下巻となる。作品は執筆順にならべてあるとのことなので、作者の成熟した語り口に触れることができるのだ。

 ほかの作品とおなじく、カナダのケープ・ブレトン島を舞台とし、スコットランドから追われて移住してきた人々を主人公に、物語は展開する。作者自身がこれらに人たちの子孫とのことだが、自分のまわりにあった民話的なエピソードを、小説のモチーフにしているように感じられた。

 技法はじつに巧みである。ひとつの物語をつづるのに人生の喜怒哀楽、おもに人の生老病死をからめて重層感をだし、冒頭から線引きを多用して、結末にまとめあげていく。家族や犬、家畜たち、氷の海などが効果的に、情感に訴えるようにえがかれているが、文体は文学的な修辞、比喩や詩的な表現などにはながれずに、簡潔に抑制されて、堅牢に組み立てられている。

 冬の犬がタイトルのなっているだけあって、犬や牛、馬などが印象的に語られる短編が多い。家畜と暮らす生活は縁遠いものなので、興味深いし、ほかの作家では読めない内容だと思う。

 それぞれの短編は人が肉体をつかって仕事をし、死んでいく姿が淡々と書かれていて、登場人物たちは精神的でも、複雑でもなく、屈託もしていない。生活環境が人間が悩むのをゆるさぬほど厳しいのも事実だろう。そんな人間らしい生活のなかで、ひとが老いて死ぬまでの期間をみすえ、子供から老人の視点までを持って語る作者の、幅広い見識と視野が作品に深みを与えている。

 作者は寡作の作家だ。これまでに出版されたのは「Island」と『彼方なる歌声に耳を澄ませよ』だけだ。つまりもうすべて読んでしまった。ほかの作品は書かれているのだろうか。

 

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