光の指で触れよ 池澤夏樹 中央公論社 2008年 2200円+税
夫の浮気で壊れかかった家族の再生を描く作品。
丁寧に書かれた小説である。登場する家族は40代の夫婦に高校生の息子、そして5才の女の子。夫が風力発電の技師というのは、作者のほかの作品にもある設定だが、特別に関心がある分野なのだろう。また本作には先行作品があるようで、そのファンタスティックな内容がエピソードとして取り入れられているから、そちらも是非読んでみたいと思う。
夫の浮気ーー恋と表現されているーーを知った妻は女の子を連れてアムステルダムに住む友人の家に行ってしまう。その地で多様な人々がいっしょに生活する『コミュニティー』の存在を知り、そこで暮らすようになる。コミュニティーとは経済的な発展を追及しない自給自足的な組織で、競争や闘争のない共同生活体である。現代社会に適応し難い人が集まっているようだが、ヨーロッパにはたくさんあるそうで、コミュニティーについて知ることができて、読者としてもとても興味深い。
息子は全寮制の高校に通っており、たまに父と会って息子の友人の家を訪ねたり、風力発電に興味を持った人物と交流していく。
妻と子供はエコロジー志向のコミュニティーから、精神的なものを重視するコミュニティーに移り、宗教的ではない信仰を求めることや、エコロジカルな農業に興味を持っていく。
全編を流れているキーポイントは、風力発電や有機農法などの自然農法、信仰ではない精神的な力、現代社会の競争至上主義への疑問、画一的な教育の反対、お金をかけない暮らし、などである。
本作は読売新聞の朝刊連載小説だったそうだ。現代社会の価値観とは別の世界を描く内容で、それには共感できないが、作品の水準は高い。