日と月と刀 丸山健二 文藝春秋 2008年 上2381円+税 下2048円+税 

 読み終えると動けなくなってしまうほど深い作品。

 本書はこれまでにないスタイルで書かれている。警句のような短い文章が太字で書かれ、続いて地の文が数行にわたって綴られる。この地の文章は長く、句点でつながれて延々と続き、数行から十数行がワンセンテンスとなって読点で終わる。これを繰り返していく。作品は上下二巻の長きにわたってこのスタイルを続け、ラストだけ数行の太字で終わるのである。

 主人公は死にかけた絵師である。死の間際に完成させた六曲一双の屏風を前に、これまでの人生を振り返る筋立てになっている。語り手は作者で、いつもの作品とおなじく、ほぼすべて独白調の地の文章で物語をかたっていくのである。

 文体も独特だ。作者の文体は作品ごとに進化しているが、丸山作品に親しんでいれば読みやすいものだし、味わい深い文体だと思う。しかし初めてなら読み通せないかもしれない。古い文語体のような、漢文調のごとき、美文調でもある、講談調ともいえる、丸山独特のもので、調子があえばどんどん読めるが、読みこなせなければ、まったく歯がたたないだろう。よって本作は読者をえらぶ作品で、かなりの読書家でないと楽しめないと思う。

 作品の時代は京都に将軍がいるとあるから室町時代である。数奇な運命の下に生まれた主人公ーー無名丸ーーが『草の剣』と『星の剣』の二本の刀を持って諸国を流浪し、成長していく物語である。成長、とは言えない血なまぐさいエピソードが綴られ、その間に作者の、人の生きることのなんたるか、というテーマについての哲学や、天皇や権威権力に対する挑戦や、読者への挑発、さらには聞き捨てならない暴言までが織り込まれていく。

 始まりは冗長だ。大仰な文章が続いて焦れるが、作者は渾身の意欲作の書き出しで気負っているのだろう。絵師の回想がすすむと物語は一気に走りだし、先へ先へと読者を引っぱっていく。無名丸は人の世の矛盾の中を剣の腕をみがきながら放浪していく。ひたすら自由を求めて。あるがままに。自らのみを頼りとして。そして作品全体に貫かれているテーマは、生きる価値はあるのか、ということであり、それが日と月と草の剣と星の剣に象徴されて、丸山調の文体で、饒舌にかたられていくのだ。

 丸山作品では神秘主義的な要素が必ずはいっているが、今回は主人公が危機におちいるとあらわれる美しい白拍子と、いくら履いてもすりきれない草鞋をくれる行脚僧が効果的に登場する。神秘主義の要素は室町時代と内容によくあっているし、文体も時代にふさわしいものだと感じられた。

 長きにわたって放浪する物語は時に退屈でもある。どこまで血なまぐさいエピソードが続くのだろうかと思われもするが、主人公ははじめから示唆された物語の帰結へとむかうものの、ストーリーは読者の予想しない展開をする。この物語最大の山場の手前から、ラストまでの五十ページほどは、眼をみはる仕上がりとなっている。読んでいてまばたきを忘れるほどである。これほど深い文章は他にはないのではなかろうか。

 最後に人間と人生を肯定して物語は終わる。

 2008年で最高の一冊。

 

 

 

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