過激な隠遁 高島野十郎評伝 川崎浹 求龍堂 2008年 2400円+税

 画家・高島野十郎の人生と作品、内面を豊富なエピソードでつづった作品。

 高島野十郎と偶然出会い、以後20年にわたって交流をつづけた著者による、高島野十郎伝である。著者は埼玉県秩父に山歩きに行った際、バス停で野十郎といっしょになったそうだ。その後都内の美術展でも2度までも偶然に出会って親しくなったというから、ふたりの邂逅は必然のようにも感じられる。野十郎は著者を息子のように思っていたそうだ。

 64才の野十郎と24才の若者だった著者は、親子よりも年が離れている。そのふたりが長いあいだ親しくつきあったのは際だって珍しいことだ。美術と文学というちがいこそあれ、おなじ芸術を追求する人間だったこと、そして仏教や禅などに人生の道を模索した者同士であったことが、ふたりを結びつけたのだろう。作品を読むと伝わってくる、著者の誠実で、他者にも自分にも公平な人柄が、野十郎と響きあったのだとも感じられた。

 著者が野十郎と出会ってから、画家が亡くなるまでを、時間の流れにそって明晰な文章でつづっている。どこにも一部の隙もない文体と思考のつらなりとなっていて、学者らしい緻密な仕上がりだ(著者はロシア文学者である)。内容としては、著者が『高島野十郎画集』に書いている、野十郎伝をより詳しく掘り下げたもので、さらに野十郎が千葉県柏市の住居を団地開発のために東急グループに追われる顚末をえがく、画家本人の手による小説、『小説 なりゆくなれのはて』と、画家が京都から知人にあてた私信を含んでいる。

 画家自身の作品である『小説 なりゆくなれのはて』は読んでいて胸の悪くなるような内容である。東急グループが団地開発のために、借地人の野十郎を悪辣な手段で追い出そうとするものだが、画家を立ち退かせるために、はじめはなだめすかし、やがて恫喝し、罵倒して、それでも言うことを聞かないとみるや契約書を偽造して、売買契約をでっちあげ、野十郎の住居のまわりにブルドーザーで泥の壁を築いて嫌がらせをするのである。最終的に知人の弁護士があいだにはいって金銭的な解決をみることになるが、この問題が決着するまでの何年ものあいだ、画家は制作時間をつぶされ、絵を落ち着いて描いていられるような状態ではなくなるから、何点の佳作や傑作がかかれずに終わってしまったのか、その文化的損失ははかりしれず、たいへんな犯罪行為だと著者は指摘している。今後東急グループはこの十字架を負っていかねばならないだろう。文化村などと言っている立場ではない。あのころはそういう時代だったとは言え、私も東急グループが大嫌いになってしまった。

 本書には野十郎の心情や思想を書きとめたノートがのせられている。写実画に終生こだわった画家は、

  全宇宙を一握する、是れ写実
  全宇宙を一口に飲む、是写実

 と述べ、画業について、

  近づくべからず、親しむは魔業

 と書いている。

 高島野十郎は東大水産学部を首席で卒業し、将来を嘱望されたがその道には進まず、独学の絵の道にはいった。生涯師にもつかず、グループにも属さないで、ただひとり、自身の信じた写実画の道を追求した。社会も名声も金銭も眼中になく、ただただ写実画の魔業に没入して死んだ。画家はノートに書いている。

 道はなんだか知っているのか、だったら言ってみろ!

 過激な隠遁者の評伝である。

 

 

 

 

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