毛皮と人間の歴史  西村三郎  紀伊國屋書店  2003年  2800円+税

 本書は人類の毛皮文化史とも呼ぶべき内容で、毛皮の歴史について広範かつ、おどろくべき知識量で全世界的に記述された書である。
 書き出しは人類で最初に毛皮を着たのは誰だったかの考察からはじまる。著者はクロマニヨン人であったろうと結論づけている。このように現生人類以前の時代から記述は開始される。アフリカ南部にだけ存在していた人類の祖先が、世界中に進出していった「出アフリカ」から、人類の移動を追い、古代文明が勃興すると、それぞれの地域の毛皮の利用を追跡していく。
 時代がすすんで各地におこっては滅んでいく国々をヨーロッパ、イスラム圏、ロシア・スラブ地方、中国、アメリカ大陸と追求していく。
 とくにロシアの記述に力点がおかれている。ロシアがシベリアに進出していったのは、高価なクロテンの毛皮を手にいれるためだったからにほかならないからだ。コサックを尖兵としてシベリアをすすんだロシア人は、原住民からクロテンなどの毛皮を収奪し、この利益で国家予算の30パーセントをまかなったというからその価値がわかろうというものだ。
 アメリカ大陸の開発も英、仏、蘭、露などが高価なビーバーの毛皮を求めて、東西の両岸から内陸にむかうことによってなされた。各国は毛皮会社を設立して、新大陸に進出し、ビーバーの毛皮で莫大な利益をあげた。
 このように毛皮が世界史に関与した面が多々あり、その毛皮に即して書かれた歴史書でもある。専門書ではあるが素人でも読めるように平易に書かれていて、教養書ともいえる。
 ロシア人はシベリアを横断すると千島列島を南下して日本までやってきた。本書は最後に日本における毛皮と皮革の利用について記述されておわる。
 著者の膨大な知識には驚嘆を禁じえないが、著者は京都大学名誉教授だというが専門は海洋生物学で、毛皮と歴史は門外漢であるという。自らの興味にしたがって、30年近く研究、調査、資料収集した成果がここに結実したのだ。
 毛皮という特殊な分野を古今東西深く追求した貴重な一冊。著者はまさに日本の誇るべき知性といえるが、残念ながら2001年に亡くなっている。この書が絶筆である。著者のほかの本もぜひ読んでみたい。著者を知ったのは収穫である。


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