横断歩道 黒井千次 潮出版社 2002年 1600円+税

 技巧派が丁寧に書いた佳作。

 久しぶりに黒井千次の本を手にとった。以前から好きな作家だが、ここ2・3年は読んでいなかった。『K氏の秘密』で読者をあざむくようなトリックを披露し、『カーテンコール』ではラストシーンで深い感銘をうけた。どの本も丁寧に書かれているので、安心して読める作家である。

 女性が主人公である。女性を男性がえがくわけだが、作者は女性を書くことに自信があるのだろう。読者としてもうまく女性を書けているのか興味深いものであり、そこに作者の力量がみられるわけで、作者の実力は十分に知ってはいても、たのしみだった。

 結婚しているが子供のいない主人公が、スポーツクラブで知り合って友人となった女性が突然いなくなってしまい、彼女をさがしていく物語である。

 友人はいなくなるが事件にまきこまれたわけでも、死ぬわけでもない。何が起こるというわけでもなく、平凡な日常生活が坦々とえがかれていて、その間の主人公の心模様が綴られていく。

 物語のはじまりは説明が多く、かなり苦労して書き直したのか文章がやや自然さを欠き、冗長で退屈である。しかし友人がいなくなってから物語は流れだし、牽引力を強くする。

 早い段階から線がひかれ、ラストにむけて効果を高めようと意図されているが、あまりうまくいっていない。登場人物も少なく、場所も中央線の八王子から新宿までで展開されるのは、作者の生活圏だからだろうかと想像した。

 水準の高い作家なので注文が多くなってしまうが、ゆったりと静かに読みたい1作。また、若い人には良さがわからないだろう。起伏が少ないので。大人が味わう純文学。

 

 

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