ららら科學の子 矢作俊彦 文芸春秋 2003年 1800円+税

 矢作俊彦の存在は相互リンクをしている友人のTAROさんから教えていただいた。10年以上前のことで、当時の矢作といえばハードボイルド作家というイメージだった。それがその後変容していったのである。

 らららの初出は文芸専門月刊誌の『文学界』である。連載は1997年6月から。この小説の連載当時私は文学界を定期購読していた。この文学界という雑誌を買っているのは全国の図書館や大学などの公的機関が主で、個人が趣味で購入しているのは数千冊だろうと言われていた。二・三千冊かと。その数千分の一が私だったわけだが、その私もらららの連載が五回目のころに定期購読をやめてしまった。趣味とはいえ、文学界を読みふけって小説を書いているのも、生産的ではないと考えるようになったから。連載が始まったばかりのらららが心残りだったが、本になったら読もうと考えた。あれから8年たって手にしたことになる。

 矢作の本で以前に読んだのは『あ・じゃぱん』だった。これは上下二巻の大部な小説で、奇抜な設定と予想もつかない展開を、才能をひらめかせながら書いたものだったが、下巻の途中で集中力がきれたのか、あるいは時間がかけられなくなったのか、文章と構成の質が落ちてしまい、内容的には十分ながら、読者としては作品の仕上がりの精度にうらみがのこった記憶がある。らららは『あ・じゃぱん』の三分の一ほどの分量である。ラストまで一定の質で書かれているものと期待して読みはじめた。

 これまた奇想天外な設定である。ふつうなら考えもつかないと思うが、団塊の世代ならば若いころのこだわりから、アイデアが芽生えるのかもしれない。30年前に19才だった主人公は学園闘争に身を投じていたが、中国に密航した。青年同士でいっしよに時代とたたかうために。中国の革命を体験するために。また運動の最中に犯した傷害事件の追求からから逃れるために。

 当時は世界的に若者が革命の幻想をえがき、熱気が燃えあがった時代。しかし主人公のわたった中国は大きく展開して、文化大革命の反動時代にはいり、主人公も辺境の地に下放されてしまう。その彼が日本に不法入国して展開するストーリーである。

 作中では30年前と1997年の東京の姿、風俗が対比、比較されている。そして30年前と現代をくらべて、30年前の学園闘争を冷静に分析する。ストーリーにのせながら主人公は内省をつづけ、作者の語りたかった30年前の学生運動の総括をする。

 ストーリーは文句なくおもしろい。一気にひきつけて先へ先へと読ませる。筆力、才能とも十分。ラストまで緩むことなく書ききっている。水準の高い小説。ただし1997年の連載なので、その後の中国の台頭を知っている現在で読むと、時代にあわなくなっている部分もある。中国が今ほど傲慢ではなかった時代の本である。

 本書のキーワードは『まさしく手段は目的を結果する』。

 理屈ぬきでも楽しめる書。

 

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