臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ 大江健三郎 新潮社 2007年 1400円+税

 複雑で読みづらく、救いがない内容だが、ラストは美しい作品。

 タイトルが作者らしい。じつに長く、古語まじりの文語体のようで、散文のようでもあり、中途半端に停止しているようなひびきの題名だ。これは作者が高校生のときから愛読しているポーの詩からとったものである。

 考えぬかれて構成された作品だ。作者のほかの小説とおなじく、作者を主人公として、作者の過去と虚構をないまぜにして作品世界をつくりあげている。作者は高校生のときにポーの詩に出会い、『臈たしアナベル・リイ』という詩の言葉にとりつかれたと、NHK・BSの週刊ブックレビューで語っていた。この作品は『アナベル・リイ』という詩の中の女性に、作者の憧れの女性像をかさねて、想像したもののようだ。

 をとめひたすらこのわれと
 なまめきあいてよねんもなし。

 官能的な詩である。この小説のテーマとなっているのは、作者のほかの作品にもくりかえしとりあげられる、作者の故郷の四国であった一揆と、児童ポルノである。後者を作者も作品中に『陋劣』と表現しているが、読者としても読みたくもない内容である。そして本の表紙にえがかれているのは、臈たけた女性ではなく、幼い印象の女性の裸で、作品の内容を暗示しているが、人前で本をとりだすのは憚られるような装丁である。

 文体は凝縮度の高い濃密なものだ。何度も書き直しているから密度が高まるのだろう。周到に伏線をひいて、30年前にあったという、作者とアナベル・リイ、そして作者と大学の同級生で映画プロデューサーとなった男との、映画を作製しようとして、挫折するまでをえがく。核心の部分をあかさず、謎としてずっとひっぱり、最後に真実をあきらかにする手法をとっている。

 濃密な文章なので、速く読むと内容をとらえきれない。また会話は誰が喋っているのかわかりづらかったり、展開が唐突で前後のつながりが悪いところもある。文章も非常に明晰なところと、長すぎて、内容を盛りこみすぎて、意味がとりづらくなっている部分がある。ずっと一定のリズムで書かれておらず、それが狙ったものなのか、そうでないのかはわからないが、たぶん何度も書き直しているうちにこうなってしまったのだろうと思われた。

 英語の多用、映画の制作風景、音楽のエピソード、詩の引用と誠に高尚で、作者にしか書けない作品だが、いつものことながら性的な内容がとりいれられていて、私は嫌いだが、作者の作品世界にはなくてはならないものなのだろう。

 ラストは詩的でうつくしい。これまでの作者の作品のなかでもいちばんではなかろうか。

 油雲風を孕みアナベル・リイ
 総毛立ちつ身まかりつ。(ポーの詩)

 叫び声が起り、音のないコダマとして、スクリーンに星が輝く…‥。(本文)

 

 

 

 

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