8月18日 尖石遺跡と上州路

 

 6時15分に起床した。となりの車の人の話し声でおきたのだ。まわりはまだ眠っている人間のほうが多いので、朝からうるさいなと思うが、ここはPキャンの者だけが利用する施設ではないし、仮眠よりも休憩のための場所であるから、気持ちをおおらかに作りなおして朝食の支度をする。朝飯はカップめんとした。手早く湯を沸かして朝食をとり、ゴミを捨てさせてもらい、出発の準備をする。昨夜コンビニで買ったギャッツビー・フェイシャル・クラブの洗顔石けんで顔をあらうが、洗顔石けんをつかったのははじめてのことだったので、ものすごい洗浄力と使用後の爽快感におどろいてしまった。

 

 道の駅信州蔦木宿、つたの湯 広い駐車場の一画に、テントをたてているライダー となりの川原はオートキャンプ場のようだ

 

 道の駅にはたくさんの車がPキャンをしていたが、となりの釜無川の河川敷にも自動車が多数停車して車中泊をしていた。道の駅から河川敷には歩いていけるので、多くの人がいったりきたりしているが、さながらここはオートキャンプ場のようだ。犬をつれたPキャンの人が河川敷を散歩していたり、道の駅の駐車場にテントをはってキャンプをしているライダーもいた。

 7時15分に道の駅を出発した。尖石(とがりいし)遺跡を見て、蓼科高原を走りたいので茅野にもどり、国道152号線に右折して山にのぼっていく。昨夜は暗くてよくわからなかったのだが、入浴歓迎の看板をだしている温泉旅館はけっこうあった。

 茅野で家内に運転をかわった。R152をすすんでいくと右手に『尖石遺跡』の案内板がみえてくる。この遺跡を家内が見学したいと言うのでやってきたのだ。国道からそれて林と畑がつづく道をすすんでいくと、すぐに青少年自然の森にいたり、考古博物館と尖石遺跡がある。博物館は9時からなのでまだ開いていない。そこで畑の先の森のなかにある『尖石』をみにいった。

 

  尖石 とがりいしさま

 

 尖石は一抱えもありそうな三角錐型の石だ。とがったような形をしているので尖石と呼ばれているのだが、あちこちに磨いたようなあとがのこっていて、何につかわれたのかはわからないそうだ。古代人が祭祀に使用したのではないかと想像されている、と説明があり、地元では昔から『とがりいしさま』とよばれて崇められてきたとのこと。尖石遺跡は知名度は低いが、登呂遺跡などとともに日本三大遺跡に数えられるそうなので、首都圏からも近いから、考古学に多少の興味があるなら穴場だろう。ちなみに家内は多、私は少の興味があった。

 博物館も見学してみたかったが、開くまでにまだ40分もある。そんなに待っていられないし、家内の興味の対象も尖石だけとのことなので、遺跡をあとにした。この先は国道299号線となりメルヘン街道ともよばれているが、麦草峠をこえていく山岳路である。しかし迂闊にも家内がハンドルをにぎったままだった。家内はふだんほとんど運転せず、高速道路のようなまっすぐなところしか走らないので、カーブは大の苦手なのだ。コーナーでハンドルを切りだすのがおそく、出口でもどすのもにぶい。コーナーを曲がりながらハンドルの切り加減を修正するので、車がカーブのなかで安定せず、さらに考えられないところでアクセルを踏んだりブレーキをかけたりする。時々、あー! と声をだしてしまいながら耐えるが、恐かった。本人がそう感じていないことが、もっとコワイ。

 峠までは我慢しようと考えて家内の運転でいく。標高2127メートルの麦草峠をこえると、白駒池に歩くための駐車場があるが、ここは500円の料金がかかるのでとまったことはない。その駐車代を徴収している老人たちの前の路上に車をとめて、運転を交替した。

 家内の運転で手に汗をかき、足を踏ん張っていたので景色を楽しむどころではなかった。せめて下りの風景に期待したが、白樺湖周辺のような雄大さはなくて、落胆して走り、途中にあったロッヂで休憩し、家内はソフトクリームを買ったりして佐久にくだっていく。佐久にいたるとトイレにいかねばならない火急の用件ができたのでセブンイレブンにはいったが、家内は『まちがえやすい日本語』という本をもとめていた。自分で読むのかと思ったら息子に読ませるのだそうだ。

 佐久からは国道254号線のコスモス街道を東にすすみ、内山トンネルをぬけて群馬県にはいった。この国道は通行量のすくない快適なルートで、鄙びた山間の集落をぬけていく。一帯は北にある軽井沢にかくされて観光客もすくない地域だ。ネギで有名な下仁田につくと県道にはいって南下し、上野村をめざした。

 上野村にはよく渓流釣りにいくのだが、以前から情報を得ていて、行ってみたいうどん店があった。これはB級グルメ研究家によるものではなく、私が独自に入手したものなのだが、手打ちのうどんが美味しくてボリュームがあり、しかも安いとの評判である。下仁田から上野村までは狭い舗装林道を35キロの行程だ。

 山のなかの細い道をすすんでいく。森が深い。南牧村にはいるとそれまでも少なかった交通量がさらに減り、前後に車はいなくなってしまった。弱い雨がふったりやんだりするなかを、頭上を木々が生い茂る薄暗い峠道をすすみ、12時にお目当ての店についた。休業が心配だったがきょうは店を開けていた。じつは前に一度バイクで来たことがあったのだが、そのときは土曜日だというのに閉まっていたのだ。

 よかったと安堵しつつ店内にはいるとお茶と漬物がでてきた。漬物は大人の拳ほどの大きさの小鉢にいっぱいの量で、ニンニクがきいていて美味しい。お茶も急須でだしてくれるので、ポットの湯をそそげはいくらでも飲める。うどんは1種類しかない。野菜天ぷらつきうどん、でこれをふたつたのんだ。メニューは他に刺身こんにゃくあるのみだが、この刺身こんにゃくもビールかお酒を注文すると、サービスでドドーンと豆腐1丁ほどでていてびっくりする。こんにゃくは手作り特有の透きとおるような肌をしていた。

 そしてでてきたうどんに驚いた。うどんとその上にのっている天ぷらの量がものすごく多いのだ。縦に半分に切ってあるゆで卵もひとつ分ついている。うどんの量も2人前はありそうだ。これは食べきれるだろうかと思っていると、家内がゆで卵を半分とシソの葉天ぷらをふたつよこした。うどんは手打ちの極太めんでコシがあって美味しい。出汁もカツオ風味の濃厚にきいているものですばらしかった。うどんの量にくらべて出汁がすくないのが難だが、これで500円とはおどろきの一品だ。私はなんとか完食したが家内はのこしてしまった。この店は国民宿舎やまびこ荘のむかいにある『藤屋』というの店だ。休業、売り切れが多く、私がでかけても食べられたのは50パーセントくらいなので、興味のある方は売り切れ覚悟でどうぞ。11時30分からだが12時前に完売してしまうこともある。ちなみに家内は、手打ちのうどんがかたすぎる、もっと煮てくれればさらに美味しいのに、と言っていた。

 

 藤屋 峠のうどん屋

 

 重い腹をかかえて山をくだり、国道299号線にはいって東へすすむ。ずっと神流川の横をいく整備されたルートだ。道路の拡幅工事をやりすぎて、川は崩壊してしまっているのだが、それは地元の人と釣り人しか知らない。鬼石までくだっていくと『譲原地すべり資料館』という施設があったので興味をひかれてよってみた。

 鬼石町の譲原地区は地すべりをおこしやすい地層なのだそうだ。そのいつ発生するのかわからない地すべりも、『工事』をすれば防ぐことができるそうで、その『工事』の有効性を強く、詳細に説明する展示内容である。

 この施設は国土交通省関東地方整備局が運営している。自分たちのやっている事業の正当性について解説し、国民を教化したいという意図を感じた。全国でこことおなじような地すべり対策の工事がすすめられているそうだが、政治家と役人、建設会社のための事業と感じてしまうのは、私が都市生活者だからだろうか。山間に住む人の気持ちはわからないが、日本の国土はほとんど山地であり、そこではいつ地すべりがおこるかしれず、役人に危険があると言われれば、どうせ税金でタダでやってもらえるのだから、工事をしてもらおうと考えるのがふつうだろう。事業は地すべり対策としては不要だが、経済、雇用対策としては必要と解釈している住民もいるかもしれない。役人は危険があるから予防しなければならないという論理をつかっているが、危険の度合いはだれにもわからないし、毎日のようにおこる地すべりを予測して防いだという話は聞かないから、地すべりを予防できるというのは、地震の予知ができるかもしれないということと同程度の科学的説得力しかもたないと思う。

 釈然としないまま地すべり資料館をでたが、あまり寄り道をしていると子供が行事から帰ってくる時間になってしまう。いそいで家路につくと、昨年購入したセレナの走行距離が1万キロをオーバーした。

             

                                                         1257キロ(累計)

 

                                                2007.07.14

 

 

 

 

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