2010年 東北ツーリング 5日目 雨の陸中海岸

 

 雨の朝の撤収風景

 

 夜半から雨模様だった。音をたてて強い雨が降っていた。こうなるとやる気が失せて起床は6時15分と遅くなる。テントをたたく雨音を聞いていると気持ちが沈むが、それでも食事の準備をはじめた。

 盛岡のラジオ局は1日雨と言っている。北東北はすべて雨降りで、福島まで南下するとようやく曇りになるようだ。そして都内は晴れとのこと。この日は猛暑日になったと帰ってから知った。 

 朝は冷え込んだ。体感的には15℃くらいだろうか。シュラフのジッパーを開けて寝ていると、外気が冷たくて、ジッパーを引き上げて寝直したのだ。ノロノロと活動する。テントの中で荷物をまとめ、炊事場に運んでいく。管理人さんが来てトイレの明かりを消していった。管理人さんは炊事場で雨宿りをしていくとよいと言うが、いつまでもここにいるわけにはいかない。濡れたテントをたたんで7時45分に出発した。

 

 北山崎

 

 走りだすとすぐに北山崎の展望台だ。まだ誰もいない駐車場にバイクをとめて、雨は弱まったので帽子をかぶって展望台に歩いていった。展望台につくとものすごい絶景がひろがっていた。これぞ三陸といったダイナミックで荒々しい断崖がつづいている。海から突き出すように島も散らばっている。そそりたって連続している海岸線の先に、これから訪ねる鵜ノ巣断崖があると説明があるが、それがどこなのかわからなかった。

 駐車場にもどると寒いのでトレーナーを着た。気温はなんと14℃だ。昨日までが嘘のような冷えかたでやはりここは陸奥だと実感する。繰り返しになるがこの日の都内は猛暑日だ。カッパをきっちりと着込んで走りだすが、朝のラジオで、雨が降るのは仕方がないが、せめてやさしく降ってほしいという女性リスナーの声が紹介されていたのを思い出す。その願いのとおり降雨は弱まり、やさしくなっていた。

 しかしこの雨ではキャンプは無理だから、今日中に帰ろうかと考えていた。陸中海岸を観光しながら南下し、夜になったら東北道に入り、日付をこえて明日の祝日に高速をでればETC1000円が適用されるから、そうして帰宅しようかと。一方で夜の高速道を寝ずに走るのは危険だから、大船渡か気仙沼のホテルに泊って、地の魚で一杯やろうかとも考えていた。

 

 鵜ノ巣断崖

 

 鵜ノ巣断崖の駐車場についた。ここから林の中を10分歩くと展望台にいたる。展望台にのぼるとまた眼をみはるような絶勝がまっていた。切りたった断崖がずっとつづき、崖の高さと、波打ち際に海が打ち寄せる激しさが、人を寄せ付けない迫力を見せている。陸中海岸は荒々しい自然の力を感じさせる。

 鵜ノ巣断崖をでると気温は14℃、13℃と表示されている。雨はときおり強まるが、おおむねやさしい降りだから、十分ツーリングを楽しむことができた。三王岩の案内がでていたので国道をはずれて見にいくと、途中に三陸らしい荒磯がある。バイクをとめて写真をとるが、誰もいないから私の貸し切りだ。なんだかもったいないように感じるが三王岩にも誰もいない。三王岩は海中に立つ大中小の大岩だが、まわりの磯と松もダイナミックだった。

 つづいて浄土ヶ浜にむかう。三陸は名勝地が連続するから、なかなか先に進めずもどかしい。だからと言ってはしょって行くわけにはいかないから、ひとつずつ見ていくほかなかった。浄土ヶ浜は第一から第四まで駐車場が四箇所もある。それぞれがかなり離れているから、どうしてなのかと思ったら、車の乗り入れが禁止されていて、いずれの駐車場からもかなりの距離を歩かなければならないのだった。1983年の北海道ツーリングの帰路にもここに来ているが、そのときにはこんなことはなく、浜のすぐ近くまでバイクでいけたのだ。

 

 浄土ヶ浜

 

 いちばん奥にある第一駐車場にバイクをとめた。ここから徒歩で8分とのこと。みやげもの店を通りぬけて浜辺につくと、そこからすでに美しい海だ。海水の透明度と風景がすばらしい。その海沿いを歩いていくと浄土ヶ浜が見えてくる。浄土ヶ浜は白い荒磯のあるおだやかな海岸だ。たしかに浄土のように清らかで神聖な雰囲気がある。昔から人気のある観光地だということがよくわかるところだった。

 

 まるまつ御膳

 

 宮古のまるまつにむかう。宮古にも魚の美味しい店はたくさんあるが、まるまつも東北にしかないのでここで利用することにした。注文したのはメニューの中でいちばん高い、まるまつ御膳1029円とランチドリンクバー105円である。久しぶりのコーヒーを飲みつつメモをつけ、料理のくるのを待つと、ランチは素早く提供された。品数とボリューム、和風の料理とリーズナブルな料金に満足した。 

 まるまつを出ると雨はあがり雲も薄くなってきた。満腹で晴れてくれればこれに越したことはない。また県道の海岸線をいくか、内陸の国道をすすむかで迷い、重茂半島の海沿いを行く県道41号線を走ることにした。しかしこの道は狭くて走りにくいし眺望もえられない。半島の最高峰の月山に行くには4キロ歩かなければならないし、本州最東端だという魹ヶ崎(とどがさき)も3.8キロ歩かなければならない。地図をよく見ればそう書いてあるのだが、TMの字は小さいから、ベテラン・ライダーにはよく見えなくて、現地で知って愕然としてしまった。これなら狭い県道をわざわざ時間をかけて走ることもなかったのである。

 地図をよく見なかった自分が悪いというのに、魹ヶ崎まで3.8キロも歩けるわけないだろう、と看板に悪態をついた後で、エンジン・オイルの点検をした。するとオイルがない。そこでこの時のために持参したワコーズのオイル1リットル缶をとりだしてエンジンに注ぎ込んだ。空き缶を荷物の上に縛りつけて走りだすが、エンジンの回転は滑らかになり、ギヤの入りもスムーズになった。 

 狭い舗装林道のような県道41号線を走りきり、国道45号線にもどった。ここでようやくわかったのだが、観光的な価値のないところは道路が整備されずに県道のままなのだ。したがって県道は通らずに国道沿いの観光地だけをまわるのが、陸中海岸の効率的な旅のしかたというわけだった。

 ローソンがあったのでゴミを捨てさせてもらい、さつま白波900ミリリットル895円とミネラル・ウオーター120円を買った。遠野の北にある荒川高原に行きたいと思っていたのだが、内陸のその方向は雲が厚いから考えてしまう。荒川高原は野宿ライダーの寺崎勉の本で紹介されていたので、たずねてみたいと思っていた。広い牧場があるだけのようだが、北海道のナイタイ高原のようなところかなと想像していた。しかし雨に降られるのは嫌なので今回は断念し、このまま海沿いを南下することにする。同時に盛岡と花巻の宮沢賢治に縁のある地も見送ることにした。

 ここからペースアップしてゆく。大きな工業都市の釜石を通過し、無料の三陸自動車道を利用して大船渡にむかう。高速を南進していくと碁石海岸の案内がでているのでここに立ち寄ることにし、大船渡・碁石海岸ICで高速をおり、碁石海岸に着いたのは15時15分だった。

 

 碁石海岸 乱暴谷

 

 海岸を見にいくとここは乱暴谷というところで1983年にも来ていた。しかし景色は完全に忘れていた。乱暴谷はその名のとおり荒々しい大岩のあるところだった。空は曇っているが雨は落ちてこない。これならキャンプできるだろうと考えて、近くの野営場をさがしてみた。すると陸前高田の西にアストロロマン大東というキャンプ場がある。電話をしてみると宿泊可能とのことでここにむかうことにした。

 陸前高田のスーパーで半額の豚カシラ肉190円とカツオのたたき211円、サーモンの刺身198円を買ったのは16時過ぎだった。アストロロマンの受付は17時までとのことで、いささか焦りつつ山道をいく。途中のコンビニで買い忘れた明日の朝食用のカップめんを168円で買い足して、県道のキャンプ場の入口についたのは16時55分だった。

 県道からキャンプ場に入っていくと最後の300メートルがダートで、これがこのツーリングで唯一の砂利道走行となった。キャンプ場に明かりはついているが誰もいない。今夜もひとりきりのキャンプだ。管理事務所がないので電話をすると、県道の先にあるとのこと。2キロ先の管理事務所にいって受付し、料金の1050円を払い、風呂はこの先にある、まきばの湯に320円で入れると教えてもらい、キャンプ場にもどった。

 

 フライシートやテントを干す

 

 キャンプ場の明かりは私のためにつけておいてくれたとのこと。物腰の柔らかな管理人さんだった。雨が降るかもしれないから、屋根のある炊事場にテントを張ることにする。まずはカッパを脱いで干す。つづいて濡れているフライシートをひろげ、インナー・テントは横倒しにして風に当てておいた。メモをつけるが、今日は一日中雨具をつけていたのにあまり降られなかったから、上々の日ではなかったかと思う。こうして大好きなキャンプもできているのだから。風呂にいこうとすると弱い雨が降りだした。迷ったが降雨は強まらないだろうと判断し、カッパも持たずにまきばの湯にいくことにした。

 まきばの湯の受付にいたのはキャンプ場の管理人さんだった。どちらもアストロロマンの施設なので兼任しているようだ。風呂に入ってサッパリしたが雨は強まっている。管理人さんはこれから大雨になると言う。それは困ったと答えつつ350円のビールを買ってテントにもどった。

 

 刺身と豚カシラ肉の夕食

 

 少し降られたが入浴してよかったと思う。面倒でも多少雨に濡れても、風呂に入れば必ずよかったと思うのが放浪の法則。今夜もひとりの宴である。カツオとサーモンの刺身でビールを飲みつつ豚のカシラ肉を焼いていく。残っていたネギもいっしょに炙るが、こんなものがじつに美味しい。ビールを飲みほすとさつま白波に切り替えて思う存分飲む。暗いキャンプ場にひとりでいるのは怖いのだが、酒を飲んでいれば平気だ。強力なライトとラジオが私に助力してくれる。

 テントもフライシートもカッパも乾いてくれた。それを見ると笑みがこぼれる。食べるものがなくなるとテントに入ってメモをつけつつ焼酎をやる。雨が激しく降りだしたので気分は沈みがちになるが、今は至福のときだった。

                                                   278.7キロ